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ネイビーブルー
ネイビーブルー
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差し伸べられた手

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 雨が降っている。
 しとしとと降る雨が町を包んでいた。ひっそりと沈んだような町並みは、陰気というよりもただ静かだ。どこか遠くへ行きたくて、名も知らぬこの町に下りた。すぐに雨に降られたのは不運でしかない。それともこの世界が彼を拒んでいるのだろうか。
「ごめんね、ゼクロム。濡れるだろう」
 彼の大きなパートナーは、そこにいるだけで目立つ。しかし漆黒の竜をボールに入れてしまうことはどうしても憚られて、目立たないところを探した。その結果、木々の奥まったところにある小道へ入る。
 パートナーを濡らさないように羽を広げるゼクロムに、彼は眉尻を下げた。
 彼は疲れていた。長旅のせいではなく、これまで歩んできた道のりのせいであった。信じてきた全てが粉々に砕け散った今、彼は立っていることでやっとなのだった。ずるずると座り込んでしまいたい気持ちでいると、不意に、目の前に見慣れぬポケモンが現れた。
「わっ」
 見たことのないポケモンだった。彼の故郷であるイッシュ地方には存在しない。見たところゴーストポケモンのようだが、それは彼をまじまじと見つめると、ふわふわと飛んで行ってしまった。
「あれは……なんていうポケモンなんだろう」
 聞けば良かったと思ったが、ほどなくしてそのポケモンは戻って来た。今度は別のポケモンと、それから一人の青年を連れていた。彼は青年の姿を見て、肩をぴくりとさせた。人間とは、誰とも会いたくない気分だったからだ。
「ゴース、お知らせありがとう。ゴースト、ゲンガー、興味があるのは分かるけど、悪戯をしちゃいけないよ。ムウマもね。……さて、君は……見たところ、このあたりの人では無いようだけど」
 青年は首をかしげた。言葉は通じたが、若干イントネーションが違っていた。なんて返事をしたら良いか分からず、思わず彼の隣の大きなポケモンに目を移すと、楽しそうな笑みを浮かべているそのポケモンが言った。
 大丈夫。
 この人は、悪くない。大丈夫。
 彼は瞠目し、目の前の青年をまじまじと見つめた。そしてそれに、一人の少年の姿を重ねた。自らの主張と世界のために立ち上がった英雄は、脳裏から消えない。
 彼の英雄よりもずっと落ち着いた声で、目の前の青年は言った。
「旅の人かな。雨に降られて困っているのかい。……僕の家で良ければ、休んでいって。後ろのポケモンも、見慣れない子だけれど、ずっと雨に濡れていると凍えてしまうよ」
 彼の素性には一切触れず、青年は穏やかに微笑んで手を伸ばした。彼は狼狽えたが、青年の側のポケモンが、『家へ来るの? 来るの?』とはしゃいだように言いながら彼を取り囲み始めたので、否とは言えず、恐る恐る手を伸ばす。
 人間に触れるのは、記憶のある限りでは初めてだった。思ったよりも冷たい。不思議な感触だった。


「着替えはここに置いておくから。何かあったら呼んでくれ」
 青年の家は、かの小道のすぐ近くだった。家へ連れられる途中に青年がとりとめもなく話した内容から考えるに、彼の小道は、普通は青年以外の人がほとんど立ち入らない場所らしい。それなのに見慣れぬ人間がいたものだから、彼のポケモンたちが騒いだようだ。青年を連れてきたポケモンはゴース、彼を取り囲んでいたのはゴーストとムウマ、そして、大丈夫だと語りかけたのはゲンガーだと聞いた。いずれも初めて見るポケモンたちだった。
 青年は彼を自宅へ招くと、風呂場に案内した。雨に濡れて冷えているだろうという配慮だった。ゼクロムは大きいポケモンなので、家の中には入れない。ボールを見つめていると、「ボールに入れるのが嫌だったら、ジムはどうかな。あそこだったら入れると思うよ。天井も高いし」と青年は微笑んだ。ボールに入れろと、彼は言わなかった。
 彼が風呂から出ると、青年はいなかった。きょろきょろと辺りを見回すと、ゴースがふわふわと飛んできて『こっちだよ』と彼を案内した。
 連れて行かれたのは、どうやらポケモンジムのようだった。先ほど彼が「ジム」と言った場所だろう。ゼクロムはそこで、羽を広げて休んでいた。青年が雨に濡れたその体を拭いてやっていた。ムウマもタオルを持ち、青年では届かない場所を拭いているようだったが遊び半分に見えた。
「ああ、上がったんだね。着替え、大丈夫かな。僕のなんだけど」
 とっさには声が出なかったが、頷くと、彼は「大丈夫みたいだね」とまた微笑んだ。青年の微笑みは、なんだか不思議なものだった。父親であるゲーチスや他の七賢人が浮かべる、なんとも嫌な感じのする笑いではない。プラズマ団の下っ端たちが浮かべる、媚びたような笑みでもない。この町と同じ、ただただ静かな笑みだった。
「すぐに出発しなきゃいけないのかな」
 返事に窮した。イエスともノートも言えない。なぜなら彼には、行くところも帰る場所もなかったからだ。
 あの城はもう崩壊しただろうか。それともまだ建っているのだろうか。いずれにせよ、帰る気にはなれない。ああ、だが、女神たちはどうしただろう。七賢人たちの行方は……考えたくない。
 彼が言葉に詰まっているのを見ると、青年は「もしかして、だけど」と前置きをして、「行く場所がないのかい」と尋ねた。彼が首を縦に振ると、青年は「そう」と言って、「じゃあしばらく、うちにいると良い。僕の他には誰もいないし、滅多に人も来ないから」と続けた。彼が驚いて顔を上げると、青年はきょとんとした顔をして「どうしたの?」と首をかしげる。
「他人をそんな簡単に受け入れて良いのかい」
「……やっと、声が聞けた」
 青年は嬉しそうな顔をして、「僕の友人の言葉を君に授けよう」と畏まっていった。
「生きものは全て友だちである。況んや君をや」
 あっけにとられていると、彼は「おかしいだろう。僕の友人で、ミナキくんという男がくれた言葉さ」と笑った。
「まあ、冗談は置いておいて……構わないさ、どうせ僕一人だし。それに君、ポケモンが好きなんだろう」
「どうして」
「ゴースが僕を呼んだからさ。ポケモンはね、その人がどんな人なのかを正確に見抜く。もし君が悪い奴だったら、ゴースは僕を呼ばないさ。彼のガスは、人間を一瞬で死に追いやることも出来るんだから」
 青年が一瞬見せた鋭い瞳に、ひゅっと喉が鳴った。こんなに鋭い目をする人は、彼の狭い世界にはいなかった。青年はまたにこりと微笑み、「ゴースが君を気に入ったみたい。だから、いくらでもいてくれて良いよ。僕も一人だと退屈だしね」
 そのゴースはと言えば、青年と彼の間を行ったり来たりしている。彼はしばらく考えて、「お願いします」と頭を下げた。
「畏まらないでくれよ。ミナキくんじゃないけど、ポケモンを愛するものは皆同士さ。困ったときには助け合おうよ」
 それから、ああ、と思い出したように「名乗るのを忘れていたね」と照れたように言った。
「僕はマツバ。このエンジュシティで、ジムリーダーを勤めている。君は?」
 彼はまた、言葉に詰まった。
「僕には、名乗る名前がない」