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10years

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十年という月日は過ぎてみればそう長い時間ではない。
そんな風に感じるのは達海が他人と比べ、あまりにも過去を振り返らない性分であるからかもしれないし、あるいはそれなりに年を取ったということかもしれない。
実際十代半ばから二十代半ばにかけてはあれだけめまぐるしく環境が変化したというのに、一年という月日は長く、十年は気の遠くなるような未来に思えた。
三十代に入った頃から季節は瞬きする内に移り変わり、一年は風のように通り過ぎていく。



「うん、だからね、気がつけば十年経ってたってわけ」
すねてしまった子供の口調でつぶやいた後は、椅子の上へ両膝を抱えこんだままギネスの瓶を傾けちびちびとやっている。
明日の夕方には日本へ出発するというのに、達海は三年住んだ自室をろくに片づける気が無いらしい。
彼の背後には組み立てられただけで、中はほとんど空になったままのダンボールが転がっていた。
「そんな顔をするなよ達海、連絡がなかったことを責めてるわけじゃない。こうして元気でいてくれて、おまけに無事再会できたんだ。十分なことじゃないか」
まるで自分へ言い聞かせるようにして、後藤は達海の本棚やDVDラックをどんどん片付けていく。やや乱暴にそれらを箱へ詰めては素早くガムテープで梱包した。
引っ越しをする当人に任せていたのでは、明日国際貨物業者がやってくるまでに荷造りは完成しないだろう。
とはいうものの十年もこの国に住んでいた割に達海の荷物は驚くほど少ない。
本棚やDVDに並んでいるのはサッカー関連のものがほとんどで、あとは決して多いとはいえない衣類、テレビ(もっぱらDVDを見る為だけのものらしいが)、外食ばかりしていたらしく食器も驚くほど僅かだった。
「ほら少しは自分でやれよ、お前の荷物なんだから」
「連絡はしたじゃん」
「は?」
繋がらない会話に一度首をかしげた後で、さきほどの言葉へようやく答えを返してきたのだと知った。
「連絡?ってお前電話はおろかメールの一通さえ」
「ハガキ出したじゃん。おまえに。後藤、それ見てイングランドまで来たんだろ?」
「ハガキって、おまえ3年前に一度っきりでリターンアドレスも無かったじゃないか。その上結局消印のあった町からはとっくに引っ越してたし」
「あ、そっか3年前、こっちの監督に移る前に送ったからね」
達海は飲み終えたビール瓶を一度ゴミ箱へ放りいれようとしてから、面倒臭そうにそれを後藤へ突きつけた。
「これリサイクルゴミ」
「え?ああ。イギリスでもやっぱり分別とかあんだな」
「来たころは無かったんだけどね。五、六年前からうるさくなったんだよ」
「ふうん」
何の疑問も持たずゴミを片づけてから、後藤はふいに顔をあげる。
「なんで俺がお前のゴミまで片づけないといけないんだよ!」
「うーん。なんでかな。罰ゲーム?」
「…」
この答に一瞬で眉をしかめてしまった旧友を眺め、達海は初めて面白そうな表情を浮かべた。
「相変わらず冗談通じねぇな。深い意味はないよ、後藤」
「…3年前に直接こっちへ来てお前を探すことが出来たらよかったんだ。いやそれよりもっと前、お前がイングランドのチームを辞めて行方がわからなくなった9年前に」
達海は相変わらず感情の読めない笑みを浮かべ、椅子の上で膝を抱えている。
「プレミアのチームの方へさ、俺の事が何かわかったら知らせてくれって、後藤、自分の連絡先をメールしてきただろ?正式に解約しに行った時にさ、それを紙でもらったよ」
「あぁ、それであのはがきを?おまえにしちゃよく住所を覚えてたなって思ったんだ」
「うん…だね」
自分の膝の上へ肘をつくと、達海はゆっくりと窓の外を眺めた。
昨日の試合のことでまだ盛り上がっているのだろう。近所のパブでは深夜になっても明かりがこうこうと灯り、人々のにぎやかな声も響いて来る。
「ハガキがちゃんと着くかどうかわかんなかったんだけどね。あれを出した時にはメールもらってから何年も経ってたし」
「…そっか。でも出してくれたんだよな…俺だけに」
達海はどこか呆れたように片方の眉を上げ苦笑している。「自惚れるなよ」とでも言いたいのか、それとも自分の過去の行動に何か思うところがあるのかもしれない。
「まあ、そうだね…うん」
これまで通り過ぎたたくさんの事柄を思い起こすような表情で、それでも多くは語らず、達海は一度だけうなづいた。
後藤はゆっくりと達海の正面へ回るとばつが悪そうに首のあたりをかいている。
「迎えにくるのが遅くなったな、すまん達海」
「別にぃ。誰も頼んでないじゃん。俺こっちでそこそこ楽しくやってたしさ。あの手紙は生存報告くらいしとくかと思って出したんだよ」
「そう、だったな。むしろ俺が突然現れて強引に連れて帰るんだった」
そう答えながら窓の外を眺める。向かいのパブからは楽しげに肩を組みながら出てくる客たちがイーストハムの応援歌を歌っていた。
「それも違うよ、後藤。俺が決めたんだ。ETUに戻ることをね」
後藤は自分の考えをまとめるように、天井を見上げた後でもう一度達海の顔を正面から眺める。
「うん。けど…すまん。もっと早くお前を見つけたかった。でも結局は自分のことだけでこの十年いっぱいだったんだ。その事で言い訳はしない。でもお前のことを忘れたことはなかったよ、達海。仕事のこと抜きにしても、こうしてまた会えるなんて夢みたいだと思ってる」
大きな手が自分の頭をポンと叩くのを見上げると、達海はどこか不思議そうな表情で首をかしげてみせる。
「なぁ後藤」
「ん?」
「ひょっとして後藤って、まだ俺のこと好きなの?」
「え!」
あまりに唐突な質問をぶつけられ、思わず声を上げて後ずさってしまう。しかしすぐに背中へ窓枠がぶつかって、逃げ場はそこまでだった。
「お前、な、何でそこでそんな言葉が!そ、そういう聞き方って無いだろ?」
「あぁそっか好きなんだ」
妙に他人事のように感心すると、遠い世界の話を語る口調で言葉を続ける。
「後藤って昔かっら、誠実って言や聞こえはいいけどくそ真面目っていうか、不器用っていうか、損するタイプっていうか…。まさかこの十年、生きてるか死んでるかわからない人間を思って一人でいたとかないよな?」
「ば…ばか、俺だってそりゃこれまで色々あったりはしたよ…まぁ結局はまだ結婚もしてないし、そう思われても仕方ないけど。それよりお前こそどうなんだよ。日本に連れて帰りたい人とか居ないのか?」
「ニヒーどうかな。なぁそれよりやっぱり俺のことまだ好きなの?」
嬉々とした表情で袖をつかんだまま、返事をねだるようにそれをくいくいと引っ張っている。
こちらの気持ちを引っ掻き回すクセは相変わらずだ。後藤は半ば泣きそうな気持ちのまま左手で額を抑えた。
「…とっくに自分の中で整理ができてると思ってた。懐かしくて大切な、でもただの思い出だ。昔のことだって。でもまたこうしてお前を目の前にしたら…正直その自信はすっかり無くなった」
ああ、どうせさんざんからかわれるのだろう。
けれど妙に勘の働く達海相手にいつまでも隠し通すこともきっと不可能だ。
ならばカードをチラつかされる前に自分の持ち札をさらした方がいくらかマシに決まってる。
作品名:10years 作家名:ミナト