二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

怒った日

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
たぶん何年かに一度の事だと思う。
後藤は左手で作った拳で自分の胸の辺りをトンと叩いた。
そうしてゆっくりと息を吐く。
こんなことは何年、いや十数年に一度と言ってもいい。
感情のまま声を上げ相手を怒鳴りつけるなど…しかも相手はあの達海だ。

「あーあ、石浜は行っちゃうし、後藤は怒ってるし、今日はさんざんだ」
子供がすねる口調のままポケットに手を突っ込むと、達海は後藤の方へは目もやらず床を蹴りながら部屋を出て行ってしまった。
「おい、達海」
こちらの声などまるで聞こえていないかのように振り返らない背中を眺め、後藤はふいに部屋の隅へ置かれたホワイトボードに目をやった。
いくつもの図式を使い、驚くほどぎっしりと書き込まれた戦術は紛れもなく達海から石浜へ教示されたものだった。
彼の現状、改善点、強味とウィークポイント、達海が考えるETUの戦術における彼の役割。そして移籍先である甲府の布陣とその中での石浜の可能性。
きっと相当な研究と考察を行った上で、これらを説明したのだろう。
「…何やってんだ、俺は」
つい感情的になってしまったのは、公私に渡って付き合いが長い相手という気安さもあったからに違いない。
その上、たぶん自分たちは世間の言葉で当てはめるなら「恋人」と呼んでもいい間柄のはずだ。
そんな仲であるからこそ、監督としての達海がどういった行動を取るのか、少なからず他の誰よりも読み取る事ができると自負していたのかもしれない。
達海ならばきっと選手の意見を聞きつつ上手に説得しちゃんと引き留めてくれるはずだ。
そう信じていたからこそ、最終的に出された石浜の結論を耳にした瞬間激しい怒りを感じた。
正直言って達海の考えや行動が、他人と比べありきたりなものだとはかけらも思わない。
後藤にとって彼の言動や行動はいつだって突飛なものだ。
それでも一番彼が大切にしているもの、このクラブというものに対する思いだけは信じて疑わなかった。
その部分だけは誰よりも理解しているつもりだったのだ。
だからこそ今回こんなことになってしまったのは、きっと達海の気まぐれがもたらした結果だと踏んだ。
そもそも石浜本人は移籍の意思が無いと語っていたし、彼は達海監督のやり方を支持していた。
それなのに、なぜこんな結論が出たというのか。
達海は一体何を話したのだ。

「達海!」

声を上げて怒鳴りつけた後、ホワイトボードに書き込まれたものを見て突然頭が冷えるのを感じた。
確かに普通の監督からすれば方針は変わっているかもしれない。
選手をひたすらに引き留めるのではなく、あくまで今置かれている状況をあらゆる情報と共に本人へ理解させ、最終的には自分で判断するように持っていく。
クラブのフロント側から言わせて貰えば、決して褒められたものではないと言える。
けれどもこれが後藤自らこのチームの為に連れてきた世界でただ一人の監督のやり方だ。
GMである自分が彼を理解しないで、どうクラブが纏まるというのだろう。
「俺はバカか…」
一度だけ自分の額を抑えこんだ後は勢いよく顔を上げ、達海の部屋へと足を急がせた。
「おい、達海」
扉の前で声をかけノックをしても中からは一切返事がない。
「開けるぞ」
達海はシーツをすっぽりと被り、こちらへ背をむけたままベッドに横たわっている。どうやらすっかりすねてしまったようだふて寝でもしているのだろう。
「おい、達海」
「なんだよ、後藤。俺昨夜も徹夜して眠いんだけど」
相変わらずこちらには視線も向けないで、左手では犬を追い払うような仕草をしてみせた。
「すまん、さっきは俺が悪かった。お前の気持ちや考えを理解しようとしないで、自分の感情や思い込みを優先させてしまったんだ。怒鳴ったりしてすまなかった」
「…思い込みね」
達海はほんのわずかだけ振り返ると肩越しにちらりと視線をよこしてくる。
「俺のことをどういう風に見てるの後藤?ますます落ち込む情報をありがとう」
それだけ告げると今度はシーツを頭まで被ってしまった。
これがいい大人の取る行動だろうか。
いや今さらだ。仕事においては飛びぬけて洞察力に優れ理性的である達海も、呆れるほど子供じみた言動や行動で周囲を困らせる達海も、その両方が本物の彼だ。
この二つを兼ね備えているからこそ、サッカーを本気で楽しむためにはどうすればいいのかがよくわかっている。
後藤はベッドの端に腰かけると、シーツからはみ出している達海の頭をぽんと叩いた。
「反省してるよ。お前がいつまでもガキのままじゃないってこと、頭ではわかってるつもりだったんだ。けどさっきは感情的になりすぎていた」
「…石浜は行っちゃうし、後藤には怒られるし、さんざんだ」
さきほどと同じ言葉を口にすると、達海はふてくされた表情を後藤の方へ向ける。
「あのさあ、後藤は俺のこと怒鳴ったりしたらいけないんだよ?」
「ん?うん…そうだな」
言葉の真意が読み取れないままうなづくと、達海は眉をしかめて小さく首を振ってみせた。
まるでわかってない、とでも言いたいようだ。
「俺さ、自分のやるべき事やって、その上で誰にけなさようと、怒鳴られようと、何とも思わねえんだ。いろんな立場や考え方の人が居るんだ。いろんな事をそりゃ口にするだろうし。でもね後藤」
「うん?」
首をかしげていると、子供のように口をとがらせた。
「後藤だけは俺のことあんな風に怒ったらだめなんだよ。だって俺、すげー悲しくなるもん」
「達海…」
後藤は再び達海の髪を指ですいて、そのやわらかい感触をしっかりと確かめた。
「もうしない。約束する」
「…嘘ついたら罰ゲームさせるかんな」
達海はシーツをかぶったまま、のそのそと上半身だけを起き上がらせ、やがては後藤の膝の上へぽすんと頭を預けた。
やっと機嫌を直してくれたのだろうか。後藤はほっと息をついて自分を見上げてくる人の頬を撫でた。
「わかったよ、達海」
「本当に?」
「ああ」
ようやく事態が和解の方向へ進み始めたのだと安心したのも束の間だった。
達海は一瞬不敵な笑みを浮かべると勢いよく体を起こし、力強く後藤の腕を掴んだ。
「じゃあこれから横浜まで車出して。それで今回は機嫌を直してやるよ」
「は?横浜?」
海辺をドライブでもしたいのだろうか。まともにデートらしいことをしたいなんて、珍しくかわいい事を言ってきたものだ。
一瞬そんな考えが浮かんだものの、後藤はすぐにそれを打ち消した。
達海に関してはまずありえない。
彼の頭の中には、恋人とただのんびりと出かけて時間をすごす、なんて思考は備わっていないのだ。
そういえば十年前も、再会してからのこの半年も二人でまともに出かけたことなど一度もなかった。
デートといえばせいぜい後藤の家で一緒にサッカー中継を観戦する程度だ。あとはごく近所へ食事に行くくらいだろうか。
「あー横浜な…今日何かあったかな」
「ほら、今日マリナーズがプレマッチするって言ってたじゃん。さっき有里が関係者席のチケットがまだあるって言ってた。見たくねえ?俺、最近純粋にサッカー観戦してないんだよね」
やっぱりこんな事だろうと思った。いやバカな期待をした自分の方が悪いのだ。
後藤はため息をつきながら腕時計を眺めた。
作品名:怒った日 作家名:ミナト