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死んだ妻とは、十四も年が離れていた。




どん亀(潜水艦)乗りといえば、兵学校からの出世コースも外れたような場だと帝國海軍第二種軍装の白をしっかりと着込んだ、軍人というよりは政治家のような連中は言った。しかし私はそうは思わなかった。これからは海底の、人間の目を欺いた先での潜水艦からの攻撃力や、飛行機の国境も兵士の頭上をも越えていくようなそういう欺き合う戦闘が主力になっていくだろう、と。

元寇の折に馬鹿正直に名前を名乗ったような隙や、正面切って正々堂々闘う、なんていう子供や国民相手の英雄伝のような戦闘なんて実際の戦場では何の役にも立たぬだろうとは兵学校を出たばかりの青二才の頭でも考えられる事だった。いやむしろ、名誉も地位も体裁も世間体も責任も、何も持たなかった青二才でなければ考えられぬ結論だったかもしれない。

そして私はその事を考え付いた未熟な己の脳に感謝と誇りを覚えるこそすれ、後悔などはしていない。



しかし、万時そういうわけにもいかなかった。




勉強だけはできた田舎の倅を、兵学校に入れてやった両親はとうにいない。
父が早々に太平洋で亡くなり、それを追うように母も亡くなった。母は最期まで私に家族がないという事だけを案じていた。しかし死んだ母には悪いが、ドン亀乗りの女房など、いくら名誉の戦死だなんだと国が謳ったとしても貧乏くじを引かせるだけではないか。陸や他の連中に比べて被弾でもすればまず浮いては来られぬ。そんな夫の帰りを待たせるのも哀れなものだし、まあ、今更嫁を取るほどの年でもあるまい・・・と落ち着いた。しかし、それが一変する出来事が起こった。



確か、輸送部隊の作戦会議があった折に海軍本部に顔を出したところで、兵学校時代の教員とたまたま再会した事が発端だった。
本部の踊り場階段を、現場を分かっていない上に腹正しさを覚えながら下っていた時、そこを登ってきたところで「おお、堀田じゃないか」と声を掛けられた、それが、後の妻の後見人であるその人であった。

嫌いではなかったが、兵学校の教員としては、あまりにのらりくらりとしたその人の前に出ると、下手に喚き怒鳴り散らす教員よりも性質が悪く、兵学校を卒業してから随分と月日が経ち、自分も当時の教員ほどの年になったというのに妙に身が引き締まるようで、慌てて挨拶をした。それから中庭で他愛もない、戦況や戦渦、戦果の話をぽつりぽつりとしていた所で、その教員がふっと中庭の松の木を見上げて呟いた。


「兵学校の紅一点」


にやりと悪戯を思いついた子供がそれを隠しながら、しかし勝利のような甘さを噛み締めよう噛み殺そうとするようなひっそりとした笑みで自分を見た教員に自分も青々とした松を見上げて頷いた。


「兵学校にある松の木のことですね」
「そうだ。女人禁制の兵学校において、たった一人の女だ」

兵学校の、英国から運ばれてきたという赤煉瓦の校舎の横に、ひっそりと松が植えられていた。しかし「松」といえば女の名前。女という不埒なものの要素を神聖な兵学校から全て排除しなくてはならぬ、という極論によって一時は松の木も伐採されるという話が出たが、それもいつの間にか誰が何をどうしたのか、その話も消えていき、今もまだ、兵学校の紅一点としてそこに生え、兵学校という戦を商売にする男を生み出す場でありながら、そんな事など我関せずとばかりに青々とした針葉を広げているのだろう。


「それで、その松がどうかしましたか?」
「まあ、あれだ。・・・最後にお前に松をくれてやろうと思ってな」
「はぁ・・・」
「欲しいか?」
「・・・え、ええ」
「じゃあ、欲しいと一言言え」
「欲しいです」
曖昧に頷いた自分に、教員は微笑んだ。



その笑みが軍人や“教員”という表情ではなく、庶民の、人間臭いような笑みだった事が気になった。









翌日、気乗りはしなかったが待ち合わせをしてしまったのならば、と教員と待ち合わせをしたカフェーへと足を運び、飲みもしない珈琲をひとつ注文して、教員を待った。今は直属の上官ではないといっても、かつての兵学校の生徒にとっては教師、いや、上官という人を待つのだから、と店主に勧められた雑誌や娯楽小説の類も全て断り、じっと待った。ドン亀乗りの性分だろうか、待つことは苦ではない。しかし待てど暮らせど教員の姿は現れず、待ち合わせから3時間が過ぎたところで、どうせあの人の事だから、あれは他愛もない冗談だったのだろう、と結論付けながらそれでも席を立ち上がる事のできなかった自分に、どこに座っていたのか後ろから一人の娘さんが話しかけてきた。


「あの、海軍の、堀田少佐・・・でしょうか?」
「ええ、私がそうです。あなたは?」
「松です」


松・・・と口の中で反芻しながら、すぐにあの教員に一杯食わされたことに気がついた。
あ、いや、それは・・・、と弁解しようとしたところで、その娘さんは顔を赤らめ丁寧に深々と頭を下げた。


「どうぞよろしくおねがいします」









松の父親は海軍大尉として戦死し、それを追うように母親も亡くなっていた。

松は、生前の父親の繋がりから、あの教員の家で女中のような事をしてながらひっそりと生活をしていたらしい。その教員から「堀田という男がいるから、それに会うと良い。きっと律儀に私を待ってカフェーに座っているだろうから、お前はその堀田の顔立ちや仕草さ雰囲気や、色んな事をしたたかに採点していき、まあ、結婚してやっても良いだろう、と思ったならば堀田に声を掛けてやりなさい。嫌だと思えば黙ってカフェーを出てくれば良いんだから」とだけ言い含めて自分はまた前線での下士官指導に当たるとかで大陸に飛んでいってしまったらしい。

そんな話を正直に話した上で、困った人です、と微笑んだ松に、「まあ、こちらこそよろしく」と笑うしかなかった。



そうして、松と夫婦になることにした。





祝言を挙げる、といっても同期も皆前線に行っているという自分に招待する客もなく、遥か田舎の親戚を呼ぶ程の事でもなく、松の方でも招待する人などいないという、戦時下とはいえあまりにひっそりとした中で祝言を挙げた。

・・・いや、祝言を挙げた、という程のものでもないだろう。
松は籍を入れてくれさえすれば良い、とはにかんでいたが、それでも女の門出くらいは良い物を着せてやろう、と思うも戦時下でなかなか白無垢など手に入らず、あの教員の家を出た松とふたりで生活するようになってから一週間も経ってから、ようやく知人のツテを頼り、白無垢を用意してやることができた。その白無垢とて、知人の奥方が着たというお古となってはしまったが、それでも、その奥方が私の伝えた松の体格へと丁寧に直してくれたお陰で、松に白無垢を着せてやることができた。松は目の前に現れた白無垢に目をまんまるにして子供のようにはしゃぎ、自分は第二種軍装を着て近くの神社で杯を交わし、写真屋で写真を撮り、ささやかに魚介類をつまんで酒を舐めるだけの、たったそれだけの式をあげた。
作品名: 作家名:山田