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Cb.Senza sordino

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ティンパニーに重なるコントラバスのソリを奏でるリーダーは、見慣れない顔の男だった。コントラバス奏者にしては珍しく小さな体。切り揃えられた短い髪を持つ彼は、先生から貰ったリストによると栄口というらしい。
譜面を見て何度も弦の上で左手を動かす姿が世話しなくて、おそらく最初のソロに緊張しているようだった。
視線が合うまで反らすまいと彼を見つめ続けると、数秒後にはっと現実に戻ってきた彼が赤い顔をして頭を下げる。小さく動いた唇はすみませんという言葉を型どっていたので、緊張しなくていいよと笑ってみた。
照れたように眉尻を下げて、一度目を閉じると真剣さを滲ませた瞳が現れて指揮を求められる。
指揮を用意すると演奏家の卵たちは揃って楽器を構え、熱い視線をぶつけてくるので息を吸って指揮を振った。
四拍子に合わせてティンパニーが部屋を揺るがせる。その重い響きに、情緒に富んだ低音が悲しく、懐かしむように重なった。
第一印象が「お茶目さん」として残っている栄口が、たった一人で奏でる旋律はその優しげな丸い瞳からは想像できないほど憂いを帯びていた。
日本でも童謡として親しまれている旋律を短調で奏でる。そこに誘われるようにオーボエが加わるとカノン形式の曲が指揮に従って動き出す。

確実な技術と輝く個性。
このメンバーで一つのものを作り上げられたらどんなに素晴らしい音楽が出来上がるだろうと身が打ち震えた。
心地よい音楽の並に身を任せながらやがてハープに誘われて左手側に広がるバイオリンが虹を奏でるように踊る音に誘われる。
慌ててそっとスコアを捲ると、曲の冒頭でソロを立派に勤めあげ今は弓を下ろしている栄口と目があった。
どうしたものかと瞬きすると体よりも幾分か大きいコントラバスに手を添えた栄口がにっこりと笑った。
真剣な表情が緩い笑みに変わるのを目の当たりにして、更に反応に困ってしまった。
意識とは遠いところで拍を刻む手は今までどんなことがあったって終止線までは止まったことがなかったのに、金縛りにあったように体が軋んだ。
腕の中から作り出していたはずの音楽が形を崩していく。

「水谷てめぇクソなのも大概にしろよクソ指揮者!」

激しい衝撃はコンマスが上げた怒鳴り声。びくりと肩が跳ねたと同時、大切な指揮棒を取り落としてしまった。

作品名:Cb.Senza sordino 作家名:東雲