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Cb.Senza sordino

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「え!」
「俺感動しちゃったー」

驚きに上がった栄口の、高いのにまろやかな声が響いて気持ちが良くてぽろぽろと言葉が溢れていく。

「最初のFをあえて上のポジションで抑えるのが味があるよね。一杯練習したでしょ?」
「あ、うん。あれいつも掠れるんだよね…」
「そうなの? 今日はそんなに掠れてなかったけど」
「いやいや俺今日必死だったから! ちょっと気抜いたらぶぉおんって」
「ぶぉおんって!」
「いやまじでぶぉおんぎぎっってなるんだよ笑えないって!」

大人しそうな印象からは程遠い豪快な身振り手振りに押されながら、弾む話が楽しくて夢中になる。
例えばそれは教授の話だったり今回扱うマーラーについてだったり最近売れてる歌手の話だったりしたけれど、とても初対面とは思えぬ盛り上がりっぷりだ。
日本酒が苦手だという栄口に飲みやすいものを勧めたり、期末の実技考査について相談されたりしていると、盛り上がりの輪の中で田島に絡まれていたチェリストの花井が誰のものとも分からないグラスを掲げて声を上げた。

「最高の演奏をするぞー!」

男の野太い声と女の高い声が絶妙な不協和音を作り出して貸しきった部屋に谺する。
酔っ払いの集団からお金を集めた花井が二次会行く奴手ぇあげろと怒鳴るのを遠くに聞きながらまだ残っている酒をちびちびと舐めた。

「栄口は二次会行く?」
「んー俺はパスかな」

てっきり二次会まで行くと思っていた栄口の返答に目を丸くする。
今日家に弟一人しかいないんだと続ける表情はどこか諦めたような色を滲ませていたから、咄嗟に詮索しようとする思考を止めた。
そっかと何でもないように言うときょとんと固まってそして演奏中にふと視線があった時のように笑った。
幼い頃から人の表情や声色を伺うのが得意だったこっを久しぶりに感謝していると荷物を纏めた栄口が携帯電話を傾けてくる。

「メアド交換しよーよ?」
「あ、うんするする」

赤外線で自分のプロフィールを送信すると後でメールすんなと笑って栄口はまだ騒がしい居酒屋から出ていってしまった。やたら時計を気にしていたから、家に一人でいる弟くんはまだ小さいのかもしれない。
それにしてもいい友達ができたと満足気に座っていたら、花井がお前は二次会どうすんの?と近寄ってくる。
肩からチェロを持っていても体が大きな花井がもっていると小さく見える。
作品名:Cb.Senza sordino 作家名:東雲