Cb.Senza sordino
-----
5限終了のチャイムを聞いて教室を飛び出す。教授が学科考査の悪いやつに実技審査は受けさせないとかそういう類いのことを声高に叫んでいるのなんて耳に入らなかった。
一年の時に遊びすぎて足りない学科の単位のために出席していると携帯電話が震えた。メールの差出人は栄口からで、もし今学校にいたら505練習室にいるんだけど聞いてくれないかなという内容だった。
今学科受けてるから終わったら行くよと返したメールには、ありがとうという返信がきた。特別に組まれたオケの練習が始まって3ヶ月。律儀に送ってくれるメールは出会った頃から変わらない。
オケの進行も順調で、その辺は流石選りすぐりの首席演奏者たちと言わざるを得なくて、そんな彼らに迷惑をかけないようにと驚くほど勉強した。
けれどぼろぼろになったスコアを見たメンバーに認められたのはとても嬉しくて、まさかあの阿部にも「努力は認めてやる」と言われるとは思わなくてそれは少しだけ動揺した。
夏期休暇が始まってメンバーがばらばらになってしまう前にもう少し楽章ごとにめりはりをつけたいと思っているけれど、指揮台に立つと伝えたいことがうまく言葉にならないと栄口に相談したらじゃぁ言葉にしなけりゃいいんじゃないという何とも目から鱗なことを言われて毎回自分の指揮を模索する。
もともと指揮者になりたいわけではなかったから自分の指揮と向き合うのは初めてで、けれどおかげで色々なことに気付くことができた。
栄口に感謝しながら、いつか自分も良い意味で人に影響を与えられる時がくれば良いと思う。 そして、それはきっと今だ。
練習室ばかりのある校舎に駆け込んでエレベーターを待つ。様々な楽器を持った学生が降りてくるそれに乗って5階を押した。
廊下に並んだ小さな部屋へと続くドアの一つの前で立ち止まる。小さな窓を覗くと中で大きなコントラバスを奏でる栄口が、譜面を睨み付けていた。真剣なその様子にどうせノックをしても聞こえないだろうと重い扉を押し開ける。
「おつかれー」
「あ、水谷!」
ガコンと鈍い音をたてて扉を閉めて小さな部屋の隅にあるアップライトのピアノの椅子に座った。もう随分と長い間この部屋にいるらしい栄口は譜面台の楽譜を捲ると弓を握り直した。
「夏休みの前に一度百枝先生に聞かせるだろ? その前にどうしても一度水谷に聞いて欲しくてさ」
作品名:Cb.Senza sordino 作家名:東雲