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黄金の鳥かごの中で

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懺悔




一目見た瞬間、心を奪われた。


まるでアッラーが特別丁寧に愛して作られたような女だと思った。
ジンの魔術にかけられた淫夢の女なんじゃないだろうかと弾け飛ぶように高鳴る心臓をしっかりと押さえて、俺は息を呑んだ。
意志の強い瞳。長くやわらかに波打つ深い茶色の髪。うちのやつらとはちと違う、白い肌。うちの女達が髪や手足を隠すのに反して、その女は自由だった。真っ白な服から見える豊かな胸元は、ハレムのどの女のものよりも白く美しく、長い手足が柔らかそうで、それでいてしっかりと筋肉がついている。ハレムの女達の、美しいだけの身体じゃないとすぐに分かった。アレは戦う身体だ、と。大勢の男達が笑いながらラクやワインを飲み明かし、互いの国の女に踊りを踊らせ、大人たちが小難しい話を大声で、時に囁くように話しながら、ナルギル(水煙草)を吸う甘い匂いが広がる大広間。大勢の人間がいたというのに、俺とその女は、何か糸で引き合わされたかのように目があった。ふいに、この女の国の神話を思い出した。この女の国には、人間の運命を操る三人の老女がいると。もしやその老女達に糸引かれたのではないだろうか、と熱くなる首筋を隠すように肩を持ち上げるようにして縮こまりながら思った。女は微笑んだ。そしてその唇が言った。




――――――――――――――『同じね』と。




女は女の国では女神や巫女のように崇められていた。国だから、だ。だが俺は違う。
俺はただの子供の身となっている。“そういう事”としてある。偶像が許されないこの世界。俺という国家の偶像の存在など許されるはずもない。今のスルタンはそれでも存在するのならば、アッラーがそう定めたことならば、と俺を手元に置いている。人間のように扱う。ハレムに使える奴隷の女の子供だという事にして、宮殿の中においている。俺はそんな身分に怒りを覚えたことはない。この女や、他のやつらのように崇めろと思ったこともない。それがこの国の暗黙の掟であり、国家の中枢でのアッラーへの裏切りなのだ。前のスルタンの時などは地下へ繋がれたままだった。それに比べれば、ずっと・・・ずっと・・・。
それでも人間の小姓として給士に殉じていた俺を、女はすぐに見つけた。俺もすぐに気がついた。まるで運命だ。





女の名前はビザンツといった。
この宇宙で、今、もっとも美しく繁栄する国だ。



目が離せなくなった。心を奪われてしまった。
心の中で何度も神の名を呼び、心を取り戻そうとしたが、心は女に奪われてしまったままだった。そして今も、心は女が持っている。











スルタンに呼ばれてハレムの奥、ひっそりと、スルタンと寵姫だけが立ち入ることを許された庭園へと足を運べば、そこにいた女に俺はひっくり返りそうな程驚いた。身体をかたくして息を呑み、言葉を失う俺に、女は微笑んだ。その目を見ることができずに俺はそっぽを向いた。スルタンが最近寵愛し始めたラーレ(チューリップ)が赤く咲き誇り、俺の心も国も宇宙も知らぬといった様子で風に揺れている。



「な、んで、ここに?」



女が何を言ったのか、もう耳に入ってくることはなかった。女を前にすると自分が無償に矮小な存在になったような気がしたが、それは事実だったのだろう。女の広さに比べて、俺などはまだ遊牧民族の寄せ集めのような小さなものでしかない。女の前に恐れ慄いている事は事実だった。女と何を話したのか、もう覚えていない。なんでもない事だったような気がするし、偉大な予言めいた言葉を贈られたような気もする。ただ、女に掴み掛かってやりたいような、獣のような衝動が起こったり、女の前に平伏してしまいたいような気持ちになったり、俺の中の国がそうさせるのか、俺の心がそうさせるのかは分からなかったが、妙な気持ちにずっと奥歯を噛み締めていた。





そして女は俺の額に唇を押し付けた。
女の神ではない名で、俺に祝福を与えた。




与えられた祝福の言葉が、目を見開いて息を呑む俺の額に、女の吐息と一緒にじわりと濡れるように広がった。半ばうろたえるようにして女を見上げた俺に、女はただ微笑んだ。どこか、寂しそうだと思った。もしかしたら、女は分かっていたのかもしれない。俺がどうなっていくのか、俺がどうするのか、自分がどうなるのか、全て分かっていた、悟っていたのかもしれない。俺も今なら分かる。あの餓鬼を手元に置くようになって分かる。そういう事は、分かるようになっちまうもんだと、今なら分かる。だがあの時の俺は分からなかった。


ただただ女に心を奪われたまま、女は俺に心を返しちゃくれなかった。





欲しい、と思った。欲しているものが、奪われた俺の心だったのか、女そのものだったのか、あるいは両方だったのか、それは今でも分からない。だが欲しいと思った。そして、それは奪わなくては与えられないものだと知っていた。













最後の時、女は微笑んだ。まるで全てを知っていたように微笑んだ。
殺した俺の腕の中で、女はぐったりと俺の腕の中に身を寄せた。よくやく抱きとめた体は、人間の女の肌のようにあたたかく、しかしずんずんと重たくなっていく。腕の中で取りこぼしていくような生々しい空しさが溢れ出し、それまでの高ぶりがすーっと冷めていき、背筋が凍った。喘ぐように息を吐いて、目を見開いて、女をかき抱いた俺の腕に女は腕を絡めて、そして砂のようにとり零れて、散っていった。国が死ぬということは、肉体が残らないことだと知った。いくら人間のように食べ物を欲しても、この体は人間の肉体ではない。ならば女の精神はどこへ消えたのだろうか。俺の心を持ったまま、どこへ消えたのだろうか。血塗られた腕の中は、ただ砂のような塵が零れていき、やがてそれも散った。ただ腕の中に人間のように真っ黒な血を残して、女は死んだ。狂ったように喚いて、頭を抱えて、体の中の狂気と勝利との狭間でもがく俺の背後で子供の声がした。





そこに、殺した筈の女がいた。




いや、女ではなかった。子供だった。
その子供を見た瞬間、すぐに分かった。“コレ”は、この国の宮廷に住むただの人間の餓鬼ではない。同じだ、と。
あの女が給士の姿をしていた俺にすぐに気がついた理由もはきと分かった。子供はその体には大きすぎる戦士の剣を振りかざして走ってきた。だがそんな事はわけもなかった。赤子の手を捻ると同じことだった。まさにその安易さで子供の手の剣を握り締めれば、女の血と俺の血が入り混じって、子供の手元まで流れていき、子供が引きつった声を上げて、その女と同じ目を見開き、全てを奪われたように座り込んだ。そして俺は子供を腕の中へと閉じ込めた。女の血でニチャニチャと濡れる手で、子供の髪を掻き毟った。子供がどんな顔をしていたのかは、知りたくもなかった。




作品名:黄金の鳥かごの中で 作家名:山田