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たかむらかずとし
たかむらかずとし
novelistID. 16271
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The Garbage Can Story

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「あ」
 ───こんなことだろうとは思ったけどねええええ!!!



 すこん、といい音を己の頭の側面で聞いて、帝人は奇麗に昏倒した。





 "The Garbage Can Story."




 
 額が冷たい。
(あ、気持ちい───…)
 その心地よさつられてうっすらと目を開ける。眩しい光が目の奥を刺すのと同時に世界に音が戻ってきた。
「う、…」
 きいん、と耳鳴りとともに視界が灼けるように白く染まる。その耳鳴りの奥から声が聞こえる。
「あ、目え覚めた? 大丈夫? 痛いとこない?」
 冷たい指が生え際を辿る。聞いたことのある声だな、と帝人は声のする方へゆっくり目を向けた。
「しんらさん…」
 もつれる舌で呟くと、眼鏡の男はへらっと笑った。
「あったりー! ちょっと待っててね」
 ひょいと立ち上がった新羅はぺたぺたと裸足の足を動かしてドアを出て行った。それを見て帝人はああ部屋の中なんだな、家の中なんだなとぼんやりと気付く。
 ぱちんと瞬きをして視線を巡らせると、白い部屋のベッドに横になっているのがようやく分かった。
 なんだか酷く眠い。
 ぼんやりしていると、ばたばたと音を立ててセルティが駆け込んできた。
『大丈夫か痛いところないか』
 ばっと突き出されたPDAには句読点も疑問符もない。帝人はセルティの首のある(であろう)辺りを見てへらりと笑った。
「だいじょぶです」
 何が大丈夫なのかも実はよく分からなかったのだけれども。
 セルティは目に見えて安堵したようだった。肩の力がぬけ、膝に手をついてずるずると座り込む。帝人の腹の横辺りに肘をついて、いつもより若干ゆっくり文字を打ち込んだ。
『驚いたよ。本当に大丈夫? いくらペットボトルって言ったって、あの静雄の馬鹿力で投げたものなんだから、当たりどころが悪かったら大変なんだ』
「あー…」
 さし出されたPDAの文字に、帝人はようやく自分が気を失っていたことと、その原因を思いだした。
 ───空飛ぶゴミ箱。
『全く静雄にも困ったもんだ。あいつが帝人を抱えてドア蹴破ったときはもう、とうとう見境もなく人様の子供にまで怪我させたのかと』
「ドア蹴破ったんですか…」
『そりゃもう見事に』
 セルティがない首で頷く。
「ええと、セルティさん、僕よく覚えてないんですけど…」
 はっきりしてきた頭を起こしながら帝人は言った。セルティの手がそれを押しとどめるようにわたわたと動く。起きるなと言いたいらしい。
 と、新羅がひょいと顔をのぞかせた。
「セルティ、もういい? あ、帝人くん、起きれそうなら起きちゃっていいよ」
 途端にセルティが乱暴にPDAを新羅に突き出した。新羅はけらけら笑う。
「大丈夫だって、特に気持ち悪いとかもないでしょ? ゴミ箱本体がぶち当たった訳じゃなし、そろそろ起きないと夜寝れなくなっちゃうよ」
「あの、その件なんですけど…」
 まだ心配なのか、しきりに新羅にPDAを見せているセルティの後ろから、ベッドの上に身を起こした帝人は新羅に尋ねた。
「僕、何がどうしたんでしょう?」
「えっとね、今日池袋3丁目の方に行ったのは思いだせる?」
 新羅が言うのに、帝人はうなずく。そうだ、今日はこの間借りた本の続きを借りに、池袋図書館へ行ったのだった。
「で、劇場通りで静雄が暴れてたのも覚えてる?」
「あ」
 ───そうだった。
 



 目当ての本を手に入れて、マルイの書店でも覗いて帰ろうかと劇場通りを戻っていた時だ。
 ロサ会館から爆音がした。
 呆気にとられて振り返ると、4車線の向こうにもうもうと煙が上がっていた。
 ぎゃあああひいいいやめてえええ、と阿鼻叫喚の態である。それらをかき消して余りある怒声は凄みの利いた男のもの。どう考えても池袋の自動喧嘩人形こと平和島静雄、その人であった。
(今日はこっちで仕事なのかな)
 帝人はぼんやりと土煙の上がる西一番街を見つめた。舗装されてる東京の道で土煙ってどうなのそれ。
 その内にどがんとひときわ大きな破壊音が響いた後、ひゅるるるると何かが放物線を描いて飛んできた。
 夕日を浴びてきらきら光る、中身をまき散らしながら宙を舞う筐体状の物体。
(あ。)
 まあね、こうなるとは思ってたけどね! 
 間近に迫る「リサイクルしましょう」の文字とともに、避ける間もなく帝人の意識は暗転した。





「あー…」
「ま、当たったのはゴミ箱そのものじゃなくて、中のペットボトルだったんだけどね。ちょっと量が多かったのと、中身が入ったままの奴があったみたいでさ。帝人くん、そのまま気を失っちゃったんだよ」
 疲れてた? と笑う新羅に、思わず赤面する。
「寝不足だった、かも、です、…はい」
 穴があったら入りたい。この二日、学校から帰ってくるとろくに食事も睡眠もとらずに副業のネットビジネスにつきっきりだった。ようやく一段落ついた、その高揚感のままふらふらと図書館へ出かけたのだが、やっぱり大分無理が祟っていたようだ。
 帝人は顔を覆った。
 うううと唸っているとセルティが肩を叩いた。
『あんまり夜更かししちゃダメだぞ。帝人は成長期なんだから、よく食べてよく寝ないと身長伸びないぞ』
「それ言わないで下さい…」
 分かっちゃいるんだ、分かっては。
 夜更かしすると成長ホルモンが出なくて、そりゃ自分だって平和島静雄ほどまで大きくなれるとは思ってないけど、でももうちょっとぐらい…って、
 …あれ?
「そういえば、僕なんでお二人の家にいるんですか?」
 帝人はきょとんと尋ねた。セルティは肩をすくめる。新羅がげらげら笑って言った。
「それ! それがさあ、傑作なんだよ帝人くん! あのバカ、ゴミ箱ぶん投げてようやく落ち着いて我に返ったら、道の向こうが騒がしかったんだって。で、ほらあの、静雄の上司の人いるでしょう、ドレッドの。あの人がね、お前が見境なくゴミ箱飛ばすからだ、劇場通りの向こうまで飛んでったぞって言って、見に行ったんだってさ。そしたら人だかりができてて、君が倒れてたと。びっくりして静雄を呼んだら血相変えて飛んできて、アホみたいな勢いでうぎゃあとか言うと帝人くん担ぎ上げて走ってった、と。いやー、ドレッドの人から電話あったときは何がどうしたのかと思ったよー!」
 いや、見たかったなあうぎゃあとか叫ぶ静雄! 絶対腹がよじれるほど面白かったよね! と新羅が膝を叩く横で、セルティがPDAを掲げた。
『トムさんから電話があったのとほぼ同時だぞ、静雄がうちに来たの。どれだけ全力だったんだか。それでうちのドアひっぺがして乱入してきたんだ』
「…それはあの、ごめんなさい…」
 帝人は頭を抱えた。相当目だってしまったに違いない。来良生の多い東口でなかったのが唯一の救いだろうか。
 恥ずかしすぎる。
「…あれ? じゃ平和島さんは」
「あ、いるよ。呼ぶ?」
 首を傾げた帝人に新羅があっさり言うと、ドアから顔を出して「おーい静雄ー」と呼ぶ。
 と、ずごんと派手な音がして(「ぎゃっ」)、新羅が昏倒した。ごとんと床に転がったのは厚いガラスのグラスである。