The Garbage Can Story
セルティが肩を震わせてPDAを差し出した。彼女の身体から伸びた影がずるずると倒れ伏した新羅の身体を引っ張って横へ除ける。
『凹んでて面白いぞ。…いや、帝人が無事だったから面白いとか言えるんだけどさ』
「はあ…」
凹んでる平和島静雄。想像がつかない。恥ずかしがってる平和島静雄ならこないだ見たけど。
ちんまりベッドに座っていると、ドアの陰から恐る恐ると言った風に大きな男が顔を出した。
「あー…」
呻いて金髪の頭をがしがしとかき回す。視線は床に落ちたままだ。
ベッドの端に腰掛けていたセルティが立ち上がって静雄にPDAを突き出す。
静雄はちらりと目を上げてPDAを見ると、でもよお、とまた口の中でもごもご言う。
その静雄の頭をセルティがぺんと叩いた。
「あ」
思わず声が出る。静雄の拳に力が入った。
「あ、の、…平和島さん…」
こわごわ声をかけると、静雄はまたああとかううとか唸って俯いた。
ポケットに突っ込んだ手を出したり入れたり、無意味にサングラスのつるを弄ったり。ていうか部屋の中なんだからサングラス外せばいいのに。
あんまり静雄が動かないので、焦れたセルティがその腕を掴んだ。
「っおい!」
すごむ静雄にセルティは肩だけで笑う素振りをしてみせる。しかも呆れたように。
器用だ、と帝人は感心する。
PDAを見てまた静雄が顔をしかめる。
腕を引かれるのに抵抗らしい抵抗もせず、静雄は帝人の枕元まで手を引かれてくると、帝人を見下ろしてじっと見つめた。
「へいわじまさ、」
「…大丈夫か」
いいさした帝人を遮るように静雄が呟いた。帝人はパチパチと瞬きをした。こくんと頷くと、突然視界からド派手な頭が消えた。
同時にずがごんと凄まじい音がする。
「すまん!!!」
「へっ?! いやあの、ええ?!」
消えた頭は床の上にあった。
帝人はその後頭部を見下ろして目を白黒させた。
(───土下座…!)
しかも渾身の。
渾身すぎて額がフローリングにめり込んでいる。セルティががっくりと肩を落とした。
土下座する平和島静雄。
その光景に呆然とする帝人の前で、静雄はがばりと土下座したまま呻くように言った。
「本当に悪かった!! わざとじゃねえし、お前に怪我させるつもりもなかったけど、…俺のせいでこんなことになって、本当にすまねえ!!」
「え、いや、そんな、」
帝人はおろおろと手を泳がせる。助けを求めてセルティを見上げると、セルティはまた肩をすくめた。
『いいから謝らせといたらいいよ。ちょっとは周りを見て喧嘩するようになるかも』
喧嘩するのは変わんないんですね、と言いたいがそんな余裕はない。カチ割った床に更に額を擦り付けるように頭を提げる静雄は、すまん、悪かった、大丈夫かと、それ以外の言葉を発さない。
帝人は途方に暮れた。
「あの、平和島さん、大丈夫ですから! き、…気絶したのも僕が寝不足だっただけで、怪我らしい怪我もしてないし、」
「普通寝不足だからって気絶しねえだろ! 俺が、俺のせいで関係ないお前を巻き込んじまって…!」
いやあの、ほんとに寝不足で気絶したようなもんです、とはとても言い出せない。悲痛な声をあげて謝り続ける静雄に、帝人はどうしていいか分からない。
「ほんとに、平和島さん、大丈夫ですから頭上げて下さい! ほ、ほら新羅さん! 僕大丈夫ですよね?! 怪我してないですよね?!」
とっさに新羅にふると、転がっていた新羅はそのままの姿勢で適当な声をあげた。
「ああ、まあねえ。ちょっとたんこぶができたくらいかな。まあ、頭の怪我は怖いから何とも言えないけど、現時点ではちょっと寝不足なだけで全くの健康体だよ」
「ほら! だから大丈夫ですよ平和島さん、全然平気!」
新羅の適当な診断がそれでも功を奏したのか、静雄はそろそろと顔を上げた。
サングラスのない静雄の顔はまるで迷子の子供のようだった。
言い知れぬ不安が濃い黒目の奥の方にちらちらと瞬いている。
何故だか胸が痛くなった。
「…ね、ほら、大丈夫です。もう痛くないし、変なところも全然ないです。だいじょぶです」
重ねて言うと、ようやく静雄は立ち上がった。
横からセルティがこっそり『もうちょっと土下座させておいてもいいのに』と活字で呟く。帝人はそれが静雄に見えませんようにと祈りながら、悄然と立つ男にぎこちなく笑いかけた。
「…でも、すまん」
静雄がぽつりと言う。
「ほんと、悪い…」
「いえ、」
暴力の権化のような男のあまりに不安げな振舞いに、帝人は困惑した。
(なんで、こんな、───…寂しそうな)
帝人はぐ、と唇を噛み締めて、今にもこぼれ落ちそうな言葉をのんだ。
『謝るのもその辺にしておけ、静雄。帝人も困ってる』
沈黙が厭な雰囲気に変わる前に、セルティが二人の間に割って入った。
「セルティさん」
帝人はほっとしてセルティを見上げる。静雄が目をそらした。
「そうだよ、静雄。そもそもお前が見境なくキレるから悪いのに、この上帝人くんを困らせてどうすんだい。大体素直に謝る平和島静雄なんて珍妙なもの誰も見たくないたたたたたた!!」
「一言多いんだよテメエはァァ!!!」
静雄が青筋立てて新羅にアイアンクローを決めた。セルティが『やめろやめろ破裂する! 新羅の頭が破裂しちゃう!』とPDAを振り回すが新羅も静雄も見ていないので全く意味がない。帝人は慌てて二人の間に割って入った。ベッドの上からだが。
「ああああああの! 僕もう大丈夫なんですよね?!」
口から出たのはそんな言葉たった。大丈夫かって、自分で大丈夫って言ったじゃん。何言ってんだ僕。だが静雄は新羅の頭を放し、新羅は歪んだ眼鏡を一生懸命拭きながら帝人を見た。
「あ、ぼんやりする。なんだこれ。…うん、大丈夫だよ。むしろ今大丈夫じゃないのは私の方。どうする? 帝人くん今日泊まってく?」
気絶した後だし、ちょっと心配だしさ。セルティがそうしろそうしろと(無い首で)頷くが、帝人は首を振った。
「や、明日も学校あるので、帰ります」
幸いまだそんなに遅い時間ではない。ご迷惑おかけしました、と頭を下げると、セルティが28ptで言った。
『迷惑なんかじゃないぞ! いつでも大歓迎だ』
「セルティは帝人くんに構いたくってしょうがないんだよね。妬けるよねええええ…」
新羅が割と本気で妬ましそうに呟く。帝人はあははと笑って誤摩化した。
では、とそろそろとベッドから足を出す。少しふらつく気がしたが、立ちくらみのようなものだろう。顔を上げると静雄がぎゅっと眉間を寄せていた。
「ほんとに大丈夫か、おまえ」
「や、だいじょぶですだいじょぶです。問題ないです」
帝人はへらっと笑った。静雄はまだ難しい顔をしている。
(平和島さんってこんなに心配性だったのか)
自分メモの平和島静雄の項に「恥ずかしがり」に加えて「心配性」と足しておこう。
「あー、そうだ。静雄、ヒマ?」
「あ?」
リビングから新羅が言うのに、静雄が新羅を睨む(違った、前回これは睨んでる訳じゃないと学習したのだった)。リビングに入ると、セルティがブレザーと鞄を渡してくれる。
作品名:The Garbage Can Story 作家名:たかむらかずとし