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仰げば尊し

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誕生日は落ちつかない



「女って、誕生日だの、どこで調べてくるんだろうなー?」
心底不思議そうに首をかしげる榛名が腕に抱えているものを見て、阿部は知らず知らず視線の中に剣呑なものを混じらせていった。榛名は気付かないまま「ウラショ」とよく分からない掛け声とともに生物準備室の机の上に荷物を載せる。こうしてこの机は物置になっていったのだな、と隠された歴史を垣間見るような気分、よりも少し憂さぶれた気分で榛名が置いた可愛らしい色とりどりのラッピングの群れを見つめる。
「……自分で言ったんじゃないんですか?」
それこそ授業の合間にでも。阿部の疑り深い声に、返ってきたのは世にも気楽な声だった。
「言うわけねぇじゃん」
続く言葉は、いつものとおり。
「めんどくせぇ」
なるほど、と思う気持ちもあるのだが、それよりも先に「へぇ」と信じていないような声がもれてしまった。
「んだよ、その声は」
不貞腐れた榛名がカップを持ってコーヒーメーカーに近付いていく。その後ろ姿を見ながら、声には出さない思いを胸の内で確かめてみる。
あの男の誕生日なら、調べたくなる女生徒がいるのも何となく納得する。
榛名はとにかく見た目がいい。昔、野球をやっていた、それもプロを目指していただけあって背が高く、均整の取れた身体つきをしている。身なりに気を使っていないことは、だらしのない白衣の着方でよく分かるが、決して不潔ではないので、まぁ、許容範囲内なのであろう。いつもぼんやりと空を見上げている目は、スッと伸びた切れ長。ときおり人を、まるでナイフで刺すように見るのだ。そのつかめなさが気になってしまうということも、まぁ、あるにはあるのだろう。そう、榛名はつかめない。やる気が無いくせに分かりやすい授業をし、興味が無いような顔をして人のことをよく見ている。野球を忘れたい顔をして、どうにも離れられていない。
よくわかんねぇ人だな、と阿部はいつも思うことをいつものように難しい顔をして思った。分からない、からきっと気になる。その逆は、無い。少なくとも自分には。
ポケットの中に入れた手をキュッと握る。言い聞かせるようにしてリボンのついた包み紙から顔を上げると、榛名がコーヒーをすすりながら準備室に戻ってきた。カップを持っていない手で、くるくるとライターを回している。そういえばコイツは指も長いな、をそれを見ながらぼんやりと思った。フォークを投げるときには重宝しただろうな、とも。思っただけで、決して口にはしない。すぐ似てから視線を外してぶっきらぼうに言い放った。
「ところで、一昨年の春季のスコアなんすけど」
榛名はライターを回転させていた手を止めて、目をぱちくりとさせた。そしてどこか空々しい表情でライターをしまい、呟く。
「あぁ、それなー。確かこの辺……」
榛名は頭をかいて、きょろきょろと生物準備室に視線を巡らす。そうそう見るトコなんてねぇだろ、と狭い準備室内で阿部が呆れているのをよそに、榛名は机の下を覗きこんだあと、薬品棚の下の扉を探し始めた。肩からひょいと覗き込むと、身体から煙草の匂いがする。どんだけ染み付いてんだ、と阿部が思わず眉をしかめたところで、榛名がふいに振り向いた。ギョッとして身体を逸らした阿部に、嬉しそうに笑う。
「ほれ、やっぱここだ」
差し出された、埃っぽいスコアブックを受け取って、阿部はせいぜい冷静になろうと努める。
「やっぱって言うわりには、時間がかかりましたけどね」
うっせーよ、と榛名が唇を尖らせるのに何だか変な気分になる。子供みたいだ。そう思うけれどこの人は大人なのだ。その証拠みたいに、コーヒーの隙間をくぐっていつも胸ポケットに入っているものの香りも阿部の鼻に届く。しかし「菓子ねーかな」とラッピングの山を探る榛名の姿はやっぱり子供みたいで。よく分からなくなる。どこに立っていればいいのかがよく分からなくなる。阿部はキュッと奥歯に力を入れると、そのまま榛名を見据える。
「んじゃ、スコア、ありがとうございました」
阿部の言葉に、榛名は一瞬きょとんとして、二三度瞬きを繰り返したあと、ようやく思い至ったように「あぁ」と呟いた。
「お前、次授業か」
「……センセイは?」
「オレは会議。でも中途半端な時間からなんだよなぁ」
あー、めんどくせぇ。一人ごちてから、阿部をまっすぐに見て言う。
「ま、学問が学生の本分だしな。真面目に受けとけ」
スコア、授業中に広げんなよ。当たり前のオトナの注意をして、榛名は時計を見るために、阿部から視線を外す。生物準備室は教官室と生物室のちょうど中間の位置にある。教官室の壁時計を、覗き込むようにして動いた榛名の白衣から、また、煙草の匂いがした。
だから。
阿部はポケットの中のモノを机に投げるように置いた。音に気付いた榛名が振り向くのを、遮るようにして頭を下げる。
「しつれーしました!」
阿部は勢いよく生物室に繋がるドアを出て、そのままぐるりと回って廊下を出た。ひんやりとした廊下が頬に気持ちがいい。その事実すら、どうにもむずがゆくて、振り払うように教室へ向かう足取りを速めていく。
(何やってんだ、オレ)
調べたわけでは決して無い。たまたま、たまたま知ってしまっただけなのだ。そして知ってしまえば何かをした方がいいような気がして落ち着かなくてだから。誰ともつかない言い訳を胸の内で必死に唱える。歩けば歩くほどに後悔が増えていくようで、阿部は早足を競歩へ、競歩を小走りへと速めていき、最終的に教室へ着いたのは予鈴よりも随分と早い時間だった。息を切らす阿部に、「まだ間に合うのに」とクラスメイトが不思議そうな声をかける。それに生返事を返しながら、阿部は埃のついたスコアブックをそっと、引き出しへとしまいこんだ。
阿部がいなくなったドアを、榛名は呆然と見つめていた。
「何だ、アイツ……?」
首をかしげてから視線を巡らすと、ふとさっきまで見覚えの無いものが目の端に映った。机の隅にそっけなく置かれたもの。手に取って、確認するように目を細めていた榛名は、そのままこらえ切れないように静かに笑い出した。
『煙草、控えろ』
キシリトールガムのセロファンの上に書かれた、右上がりのクセ字には見覚えがあった。クツクツと、肩を揺らしながら、榛名は長細いガムの箱をくるりと指で回す。そうして微かな温もりの残るそれを、煙草とライターの定位置でもある白衣の胸ポケットにしまいこんだ。身体のどこかが、落ち着かないように少し動いたような気がしたけれども、まぁ、きっと気のせいだということにしておこう。そうして榛名は会議室へと向かうべく、笑みの残る表情でグッとひとつ、伸びをした。

作品名:仰げば尊し 作家名:フミ