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追伸

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「すみません、これください」

指さしたのは水谷のものと同じ型の隣にあった折り畳み式の円卓。高さの変えられない不便さは、水谷のことを思い出さざるを得ないことより百倍マシに思えた。



小さな部屋が一つとキッチンバストイレ完備のアパートで生活を初めて一週間。
教養ばかりのつまらない授業だった一年次に比べてぐっと専門科目の増えた時間割はやる気を起こさせてくれる。
大学に近いアパートはギリギリまで眠れて疲れてもすぐに帰ってこられると利便性に富んでいて、毎日が順調だった。
授業の後にバイトして、スーパーで夕飯の材料を買って帰宅する。新聞はとっていないのに実家にいたころからの癖で開けてしまう郵便受けはいつも空っぽだ。
けれど、今日は違う。
取り出した手紙を円卓に置いて一先ずスーパーで買ったものを小さな冷蔵庫に詰めていく。白菜をいれてしまうと小さな冷蔵庫の段が一つ占領されてしまうのをみて、やっぱりもう少し大きい冷蔵庫にすれば良かったと思う。
ギチギチになった冷蔵庫から水のペットボトルを取って円卓の前に座った。机の隅にある白い封筒にはただ俺の名前が書いてあるだけで消印がない。
ひっくり返しても名前はなくて、封も閉じられていないそれを開けると数枚の便箋が現れた。便箋に並んだ右下がりの文字を見て息を飲む。

栄口へ

シンプルな一行目のそれは高校時代にも見たことがある文字だった。
たった一度だけ、お互いに交わしたことのある手紙。あの時は確か、水谷の気持ちを疑いそして逃げた俺と話をするために下駄箱に入れられていた。
文字を追いながら、まだ水谷のことが好きだと訴えるこころが静かに高鳴る。
たった一通のこの手紙でずっと途絶えていた関係が少しずつ元の形に戻っていくような気がした。
ジーンズのポケットから取り出した携帯の、長い間使われなかった名前を呼び出す。
迷い無く通話を選択した。
審判を待つように聞き続けた呼び出し音がぷつりと途絶えた時、滅多にならない来客を知らせるベルが静かに響き渡った。

作品名:追伸 作家名:東雲