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ゆっくりとおとなになりなさい

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「おーい、あーべー?」
 目の前から手を差し出されて体を引くと、昼休み特有のざわついた教室を背に、困惑した表情の栄口がパックのストローをくわえていた。クラス替えで同じクラスになってからすっかり定位置になった三角形の一点で、水谷まで同じような顔をしているのを見つけ、阿部はなんだよと低い声を出す。
「なんだよって言うか、今日の勉強会三橋んちでやるかもって話だったんだけど」
「んで、オレに数学教えてねって話」
「いーけど。お前遊ぶなよ」
 へーい、と明らかに気のない返事をする水谷を睨んでいると、牛乳パックをまだ手にしたままの栄口がためらいがちに、ねえと呼びかけてきた。
「……阿部、大丈夫?」
「大丈夫って、何が」
「なにがっていうか、」
「だってさっきスゲー皺寄ってたよ。ここンとこ」
 栄口の台詞を引き取った水谷は自分の眉間を指した。
「頭痛いとか?」
「……なんでもねえよ」
「もー、阿部はすぐ怒るー。その皺、そのうち癖になって取れなくなるんじゃねーの」
 軽い調子で答えた水谷は、寄ってもいない皺を伸ばすように額に指を押し付けている。
「ほっとけ」
「コワー…。ねー、阿部。ホラ」
 見て、と眉間を揉んでいた指を真上に引き上げて見せた水谷に、阿部と栄口は吹き出した。垂れがちの目元が更に下がってひどい顔をしていた。
「あ、ウケた」
「アホっ!」
 栄口がげほげほとむせ返っている横で、へらりと笑った水谷の頭に阿部は張り手をくれてやった。ひでーよ阿部だって笑ったじゃん! わんわん喚く声を無視して阿部は止まっていた手を動かし弁当の残りをかきこんだ。栄口は相変わらず尾を引いたように笑いながらぐずぐずと鼻を鳴らしている。
「あー、牛乳鼻に入った」
 ようやく咳が引いたらしく涙の滲んだ目を上げた栄口が出汁巻き玉子をほおばる。調理パンを片手にした水谷が慌てたように身を乗り出した。
「え、ウソ! ごめん」
「いいよ、いいよ。和んだし」
「栄口、そいつを甘やかすな」
「ひどっ! 元はといえば阿部が怖い顔してっから悪いんじゃん。オレは阿部の心を和ませてあげようとしただけなのにさあ」
「余計なお世話って言葉知ってるか、水谷」
「阿部は優しさって百回くらい書いて覚えたほうがいいと思う……」
「お前なあ!」
「まぁ、さあ。ほら、方法はなんか微妙だったけど、水谷だって阿部のこと心配してんだしさ。あんま怒らないであげなよ」
 険悪になりかけた空気を察してか、栄口がおかしなかばい方で割って入る。
「フォローんなってねーよそれぇ」
 おおげさなアクションで水谷が机に倒れるのを邪険に扱いながら、阿部は最後の一口を食べ終えて弁当箱の蓋を閉じた。そのタイミングを見計らったように栄口が箸を置く。
「でもさあ、さっき阿部変だったよ」
「阿部はいつも変じゃ、……って!」
「なんかあった?」
 拳を落とされた水谷に今度は同情の手も伸ばさずに、まっすぐ視線を向けてくる栄口から阿部はさりげなく視線を外す。
「別に。ちょっと寝不足なだけ」
「そ?」
 少し首をかしげて、含みを持たせたように問う声は、さっきまで水谷をからかっていたものとは少し違って聞こえた。栄口は時折こんな風に妙に大人びた顔を見せる。ぴんと姿勢を伸ばしてこちらの言葉を待つのは栄口の癖だったけれど、滑らかに移りかわった先にそんな表情が隠されていたことに気づいたのは最近で、気づいてしまったからこそやりづらい。
「本当になんでもねえよ」
「ふーん。そんならいいけど」
 唇の端を引き上げた栄口は、もういつもの世話好きの顔で、阿部はほっと息を吐いて窓の外に目をやった。
「寝不足なら寝てれば。次始まる前に起こしたげるし」
「ん」
 生返事を返して片肘を突く。こちらに気をつかったらしく多少声を抑えた水谷が栄口に話しかける声を右から左へ通しながらまぶたを伏せる。すぐに頭を押さえつけるような眠気の波がやってきたけれど、それよりも大きな音で焦燥に似たざわめきが胸の内を駆けていて眠れそうになかった。頬杖の影で、阿部はまたきつく眉を寄せる。
 寝不足なのは本当だった。試験前の休みに入ってから、伸びるはずの睡眠時間は逆に短くなっている。その理由を思うと阿部の眉間はさらに歪んだ。
 榛名の電話を受けてから三日が経っていた。
 水曜日、五時。
 忘れると決めた言葉は、日を重ねるほど呪いのように鮮やかに思い出される。あの電話があったという事実ごと頭の中から消し去ることができれば、という願いが叶わないまま、水曜日がやってきていた。