鉄の花/月色リボン/天使は星に
きらびやかに輝く一張羅を整えて深呼吸。持った花束を潰してしまわないように、思わず握りこみそうになる手から力を抜いた。プロポーズには欠かせない給料三ヶ月分の指輪が胸のポケットで自己主張する。
大丈夫だ。きっと、泣いて、笑ってくれるはず。
ぐっとへの字に結んだ口の中、森田は自分に言い聞かせ、川べりで揺れる長い髪の向うに手を伸ばした。
鉄の花
「お前なら大切にできると思ったんだ」
振り返って、驚きに見開かれた目。俺の目を見て、息を飲んで、一気に朱く染まった頬。よし大丈夫。喧しい心臓の音を無視して、俺はその手にそっと咲き乱れる花々を手渡した。どの花びらも潰れていないことを確認して、ほっとした。こいつには、綺麗なものだけあげたいんだ。
お前に出会って、俺はやっと、押し付けるんじゃなく、振り回すのでもない、慈しんで見守る愛情を知ったんだ。
もう何年も前のこと。手を繋いで月夜の道を歩いた。お前が花を摘んで笑った。頬に光る涙の跡が綺麗だった。俺は、涙に濡れた目が笑うのを宝物のように見ていた。
俺が触れても、お前は壊れない。その細い手は、触れ方を知らないこの手から優しさだけを連れて行く。いつも相手を潰すような愛しかやれなかった俺の、自分勝手で重いものを蹴り飛ばして、幸せで暖かいものだけを受け取って抱きしめる。だから、お前なら触れてもいいんだと思ったんだ。俺でも人を大事にできると知ったんだ。
「ばか」
見開かれた目がくしゃりと緩んで、涙を落とす。透明な滴を受け止めた花が、彼女の腕の中で揺れた。
この涙は、俺のためか、それとも親友のあの子のためか。いつも誰かの傷を真正面から受け止めて、お前は泣くんだ。
叶わなかった恋。弱ったあの少女に苦しみをぶつけた苦い記憶。傷跡さえ愛しい大切な思い出。
幸せだよと、復活した少女の作品が高らかに歌っていた。幸せなら、いい。俺にはやれなかったそれを、あの男から溢れるくらいもらっているなら。
だけど、お前がそれを痛いと思うのなら、泣けばいい。泣いている間ずっと手を握っていてやるから、泣きたいだけ泣けばいい。
俺はお前を塔の上のお姫様になんかにしやしない。手の届かない女神なんかじゃなくて、汚れのない天使でもなくて、お前の美しさはいつも人を想って泣くその強さにあるんだ。お前が傷つきに行くとき背中を押して、泣いてるときはポカリをやるよ。いくら泣いても乾涸びないように。お前は強い女だ。何度転んだって、泣いて泣いて泣きながら、また立ち上がれる。お前の誰も負けない強い足はそのためにある。誰が何を言っても、もしかしたらお前自身が信じなくても、俺はずっと信じてる。だから安心して傷つきに行け。お前の勇気も痛みも、全部ちゃんと見ていてやるから。
泣くときも背を曲げない、綺麗な女。何度傷ついても人を想う、強い女。
お前とならずっと一緒に歩いていける。寄りかかるんじゃなく手を繋いで、手の中の暖かさに幸せを祈りながら。あの月夜のように。
「なあ、あゆ」
「うん」
目も頬も真っ赤にして、歩は頷く。頭を撫でると、指どおりのいい髪がさらさらとこぼれた。
「ポカリ買いに行こうか」
歩がまた頷く。その手を引いて、ゆっくり歩き出す。
歩が泣き虫でよかった。こっちを見る余裕もないほど泣いててくれてよかった。
今こっちを見られたら、らしくもないことをきっと気づかれてしまうから。
だからもう少し泣いていてくれていい。
この顔の熱が引くまでは。
大丈夫だ。きっと、泣いて、笑ってくれるはず。
ぐっとへの字に結んだ口の中、森田は自分に言い聞かせ、川べりで揺れる長い髪の向うに手を伸ばした。
鉄の花
「お前なら大切にできると思ったんだ」
振り返って、驚きに見開かれた目。俺の目を見て、息を飲んで、一気に朱く染まった頬。よし大丈夫。喧しい心臓の音を無視して、俺はその手にそっと咲き乱れる花々を手渡した。どの花びらも潰れていないことを確認して、ほっとした。こいつには、綺麗なものだけあげたいんだ。
お前に出会って、俺はやっと、押し付けるんじゃなく、振り回すのでもない、慈しんで見守る愛情を知ったんだ。
もう何年も前のこと。手を繋いで月夜の道を歩いた。お前が花を摘んで笑った。頬に光る涙の跡が綺麗だった。俺は、涙に濡れた目が笑うのを宝物のように見ていた。
俺が触れても、お前は壊れない。その細い手は、触れ方を知らないこの手から優しさだけを連れて行く。いつも相手を潰すような愛しかやれなかった俺の、自分勝手で重いものを蹴り飛ばして、幸せで暖かいものだけを受け取って抱きしめる。だから、お前なら触れてもいいんだと思ったんだ。俺でも人を大事にできると知ったんだ。
「ばか」
見開かれた目がくしゃりと緩んで、涙を落とす。透明な滴を受け止めた花が、彼女の腕の中で揺れた。
この涙は、俺のためか、それとも親友のあの子のためか。いつも誰かの傷を真正面から受け止めて、お前は泣くんだ。
叶わなかった恋。弱ったあの少女に苦しみをぶつけた苦い記憶。傷跡さえ愛しい大切な思い出。
幸せだよと、復活した少女の作品が高らかに歌っていた。幸せなら、いい。俺にはやれなかったそれを、あの男から溢れるくらいもらっているなら。
だけど、お前がそれを痛いと思うのなら、泣けばいい。泣いている間ずっと手を握っていてやるから、泣きたいだけ泣けばいい。
俺はお前を塔の上のお姫様になんかにしやしない。手の届かない女神なんかじゃなくて、汚れのない天使でもなくて、お前の美しさはいつも人を想って泣くその強さにあるんだ。お前が傷つきに行くとき背中を押して、泣いてるときはポカリをやるよ。いくら泣いても乾涸びないように。お前は強い女だ。何度転んだって、泣いて泣いて泣きながら、また立ち上がれる。お前の誰も負けない強い足はそのためにある。誰が何を言っても、もしかしたらお前自身が信じなくても、俺はずっと信じてる。だから安心して傷つきに行け。お前の勇気も痛みも、全部ちゃんと見ていてやるから。
泣くときも背を曲げない、綺麗な女。何度傷ついても人を想う、強い女。
お前とならずっと一緒に歩いていける。寄りかかるんじゃなく手を繋いで、手の中の暖かさに幸せを祈りながら。あの月夜のように。
「なあ、あゆ」
「うん」
目も頬も真っ赤にして、歩は頷く。頭を撫でると、指どおりのいい髪がさらさらとこぼれた。
「ポカリ買いに行こうか」
歩がまた頷く。その手を引いて、ゆっくり歩き出す。
歩が泣き虫でよかった。こっちを見る余裕もないほど泣いててくれてよかった。
今こっちを見られたら、らしくもないことをきっと気づかれてしまうから。
だからもう少し泣いていてくれていい。
この顔の熱が引くまでは。
作品名:鉄の花/月色リボン/天使は星に 作家名:川野礼