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鉄の花/月色リボン/天使は星に

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「はぐちゃん」

月色リボン

「私、アメリカに行くの」

「アメリカ?」

きょとん、とした顔で繰り返す。
アメリカのいろんなイメージが小さな頭の中でくるくると廻っているのがわかる。
自由の女神は合ってるよ。でも、ケンタッキーはちょっと違う気がするけど。

「うん。森田さんと一緒に」

大きな目が転げ落ちそうなくらい見開かれる。

「そっか」

涙を浮かべて笑う。

「あゆ」

「はぐちゃん」

「よかったね」

「はぐちゃん」

「泣かないで。あゆなら絶対幸せになれるよ」

あの人を幸せにしてあげてね。と声に出さない言葉が言っていた。

「うん。ときどき帰ってくるから。はぐちゃんも会いにきてね」

「うん。あゆ、あゆ」

不思議な程に迷いはなかった。ただ、届かなかった彼のやさしさが、幾つもの想いが、悲しくて、痛くて、たまらなくて、泣いてしまった。

遠い月に自分から手を伸ばそうなんて思ってもみなかったけれど、いつも見守ってくれてることを知っていた。どんなに泣いても心がぽっきり折れてしまわなかったのは、どんな夜でも月が照らしてくれていたからだった。
だから、いつも暖かさをくれたあなたが手を伸ばすのなら、それを拒む理由なんてどこにもない。自由にどこまでも行ってしまうあなたの孤独を癒せるのが私なら、ずっと傍にいるよ。いつだってあなたの幸せを一番に祈ってる。

並んで月夜の道を歩いた。彼はずっと手を繋いでくれていた。泣いて泣いて、日が暮れてしまっても、彼の眼差しはやさしかった。この暖かさがある限り、どんな冷たい風も、暗い夜も怖くはないと思った。胸の中の想いがどれほど重くて苦しくても、私は幸せだった。ひとりで他の誰にも見れないものを見ているあなたが、いつだってやさしくて暖かいあなたが、これ以上ないくらい幸せになればいいと思った。その祈りだけが、みっともなくていやらしい私の中で唯一綺麗な想いだった。

彼の叶わなかった恋を思った。確かに好きあっていたはずの二人を想った。今、あの子は幸せでいる。大切な人に支えられて、苦しみの中を一歩一歩進んでいる。

なら、この人は。

彼の愛情は何故かあまりにもわかりにくかった。あれだけたくさんの人を愛し、愛されているのに、それがあることすらもなかなか伝わらなかった。
いつも不思議だった。あんなにやさしいあなたなのに、なぜこんなに不器用なのだろうと思っていた。
彼の愛は壊す愛だったから。想うだけ、与えられるだけ差し出される愛情は、重すぎて、押し潰してしまう。あなたのやさしさはさりげなさすぎて見過ごされてしまう。苦しくて何も見えなくなっていた私には、あなたの深い愛情は心地よかったけれど、他の人には深すぎて、息ができなくなってしまうのだろう。

私には何の力もないけれど、あなたが私を選ぶのなら、私ならあなたの愛を受け止められると思うのなら、私は精一杯受け止めたい。あなたが深すぎる愛情の向ける先を見失って、息を止めてしまわないように。あなたの愛を一杯に受け止めて、幸せをあげられるように。その祈りを誇りにして、並んで歩いていきたい。あの月夜のように。