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Cry For the Moon

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雨が降った。
約3日ぶりの雨だったが、今がどの季節だったかを判別できなくなってしまったので、よく降るなと思うべきなのか、余り降らないものなのだなと思うべきなのか分からない。
『静雄』は、コンクリートの崩れた壁に寄りかかって、ただ、雨だなと空を見上げた。
色彩を映す機能はすでに動かず、近くの柱に影が見えないことで、かろうじて今を夜と判断する。耳はずっと前からもう聞こえなかったが、皮膚組織がはがれ落ち、さび付き始めた指ではろくな修理も出来ない。足はそれより先にイカれている。それに元々、そんな器用な機能は静雄にはついていなかった。
静雄はただ、守るために、戦うためだけに生まれたアンドロイド。ボディーガードなんて言えば格好はいいが、要するに喧嘩をするだけの人形だ。アンドロイドにもいろいろあるが、自分のように、ただそれだけに特化したアンドロイドは珍しいと、統計的にも知っている。
数え続けただけで六千飛んで二十三回目のため息をつき、ひび割れた体を庇うように少し体勢をずらす。今も鮮明に記憶領域の中に存在するかつての美しい町は、皮肉なほど廃れ果ててただただ眠り続けている。いや、美しかったのは、多分「彼」が居たからなのだろう。静雄は機械だけれど、それでも、いつか彼が読んで聞かせてくれた本の中の「感情」を、多少は分かるつもりでいる。
静雄さん、と。
彼のあの声が、今もメモリの内部に溢れて止まらない。あの小さな少年の手が触れたところは、金属の体にも熱を与えて心地良かった。そんな小さな日常のことを、静雄は何度も何度でも、思い出す。



優しい手のひら。
静雄を好きだと言った、あの少年の笑顔を。



雨が、音もなく静雄の体躯を侵食する。彼が好きだと言ってくれた金の髪も、すっかり色あせて泥だらけで、見れたものではない。そのことが少し残念だった。せめて壊れるまで、彼が好きだと言ってくれたものだけは残したかったのに。
かつて、たとえばポンベイと呼ばれた都は火山によって崩壊したという。
または、アステカとよばれた帝国は他国の侵略によって潰えたといわれる。
形在るものはいずれ崩壊し消え去るのが常である。データ的に見てもその説を覆せる根拠も論拠も無い。
では、なぜ、自分はまだこうして動いているのだろうか。
静雄は、変色し、動かすたびに可笑しな音を立てる手のひらを見つめてみた。
雨に濡れてまた侵食が激しくなるだろうが、そのことを惜しいとは思わなかった。自分の存在を知識としてきちんと把握しているつもりでいる。自分は、機械だ。故に衣食住なくして永らえ、己以外の全てが崩れ去った場所でも存続できる。それはよく理解できる。
しかし、屋根も無く雨も防げぬ吹きさらしの場所で、メンテナンスも修繕もなく、なぜか七千三百十五日間も動き続けている現状は理解できない。いくら自分が他のアンドロイドたちよりも丈夫にできているとは言え、あまりに長らえすぎている。
機械は、確かに人間よりはずっと強い力を出せるし、人間のように飢えることはない。ソーラーバッテリーさえなんとか壊れずにいれば、半永久的にだって動き続けることは理論上可能だ。
だがしかし、同時に自分のような高度な機体がこのような劣悪な環境に著しく弱いことは事実であるし、自分の表面組織には生活防水程度の加工しかなされていないこともまた事実である。現に瓦礫に埋もれて分離された右足パーツは機能停止状態にあるし、その損傷箇所からの浸水によって下半身はショート状態だった。分断機能が働いていたとしても、上半身に何の影響も及ぼさなかったことは奇跡に等しいと、静雄は知っている。
最も、その上半身パーツにも、長年の放置によって苔が生し、寄りかかっているコンクリートの壁との癒着も進みつつあった。この手のひらも、今はまだ動くかもしれないがそのうち完全にさび付いてしまうだろう。まだかろうじて映像だけは拾えている目も、時折酷いノイズが入るようになっているし、耳に至っては完全に壊れている。耳が壊れていると、口が壊れているのどうかも分からない。
そんな状態だというのに、まだ中枢はきっちりと機能していて、現に今ついたため息の数もしっかりと把握できている。六千飛んで二十四回目。
ため息意外に、することもない。静雄は他のアンドロイドたちのように余興の機能もついていなかった。ただ、全力で彼を、大切な大切なだた一人を守る。それだけのために作られた体なのだ。だというのにその人はとうに静雄の側に無く、ただただ壊れる時を待つだけだなんて、滑稽な。
静雄は瞬きをして、ゆっくりと、モノクロの世界を見渡す。
かつてここに美しい町があったことを、いまや誰が知るだろう。彼が大好きだと言っていた町。
かつて自分を何より大事にしてくれた誰かがいたことを、自分はいつまで覚えていられるだろう。そしてその人を、自分も機械の領分を超えて大切にしていたことを、忘れたくない。
かつて彼が話して聞かせてくれた物語を、言葉を、感情を、そして彼が好きだといったすべてのものを、自分はいつまで覚えていられるのだろう。全ては無意味な問いであり、それに答えなどは返らない。もしかして答えがあるとして、その答えが出るころには自分と言う存在そのものが消え去っているはずだ。そうでなければおかしいし、そうでないはずがない。この体の全ての機能が停止するのは、明日かもしれないし一週間後かもしれない。少なくとも六千日ほど昔も、静雄はそのように判断していた。
なぜ、永らえている。
分からない理解できない分析も解析も何も。
分かるのは、自分を何より愛してくれたその唯一が、この街の崩壊のときに自分に命じた言葉だけだ。
生きて、とその存在は言った。
静雄はもとより生きてはいない。そんなことはその人もきちんと分かっているはずだった。機械だから雨に当たるのはよくない、と小言を言ったことだってある人だ。だというのに。
それでも、その人はそう言った。



生きてください。
生きて、いて。静雄さん。




まるでなにかの呪文のように繰り返してそう言った。司令系統がその矛盾を訂正することに不許可を出した。静雄に出来たことは、ただその人のその言葉に頷くことだけだった。頷いた自分を満足そうに眺めて、その人は機能を停止した。人間と言うのは脆いと聞いていたが、それでもあれほどあっけないとは予想だにしなかった。
逃げろだの助けてだの、どうしようもない数の命令が街にはあふれていて、静雄はその中のどれも聞くわけには行かなかった。なぜなら、自分が唯一と定めた人は生きてという命令を最後に存在を消し、今や誰でもが自分の主となりえたからだ。
直ぐに耳を壊した。聞こえなければ誰かの命令を聞く必要性が生じない。
静雄の、守るためと他を破壊するために作られたプログラムが、自分を壊すように司令系統が働いたのはあのときだけだ。以来、七千三百十五回の夜が来た。
いくつかの思い出をもう一度引き出してはしまい、ただ笑う彼をみたくてもう一度メモリにアクセスしては、溜息をつく。そんなことを繰り返すばかりの毎日が、来る日も来る日も積み重なって行くのに、まだ壊れない。まだ、「生きて」いる。
作品名:Cry For the Moon 作家名:夏野