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Marionette Fantasia

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1.薄明かりを灯して



 室内を支配しているのは静けさであった。
 風に揺れる木々の音も、暗闇の中を活動する動物たちの声も届かない。
 電灯はつけられていない。ただ窓から差し込む月明かりだけが頼りである。それでも今夜は満月なので、よく見知った部屋の中を活動するのに困ることはなかった。

 部屋の中心には天蓋付きの大きなベッドが置かれ、そこには少女が横たえられている。彼女の体は無数のコードで埋もれていた。そしてそのコードは全て一台の大きなコンピュータに繋がっていた。
 そのコンピュータ脇に置かれたディスプレイの前には険しい顔つきをした青年が一人。彼の名前はカノン・ヒルベルト。この屋敷の主である。
カノンはキーボードを叩いてはディスプレイと睨めっこをし、またキーボードを叩いて…と同じ行為をしばらくの間繰り返していた。
「これで駄目ならまた一からやり直しだ。」
 そう言って一度深呼吸をし、唾をごくりと飲み込むとカノンは実行ボタンをクリックした。
 するとヴンと特有の音を立ててコンピュータが動き出す。ディスプレイには次々とシステムが正常に作動していることを報せる表示が現れていく。しかしカノンはその表示に安心することなくじっとモニターを見つめ続けていた。いつだって最初は問題なく作動しているのだ。エラーが表れるのは決まって中盤から終わりにかけて。だから安心は出来ない。
 ピコン。
 最後のシステムの正常作動を知らせるウィンドウが現れた。カノンはかけていた椅子の背もたれへと体を預け、天井を仰ぐと長く細い息を吐き出した。
 少ししてから、コンピュータが全ての作業を終えたのを確認すると、コードを少女から丁寧に外した。全てのコードを外し終えると、少女の右手をしっかりと握りしめ呼びかけた。
「さあ、起きて。もう動けるはずだよ…ヒヨノ。」
 カノンは優しく言葉をかけて、少女をじっと見つめた。しかし少女が動き始める気配は見られず、また失敗だったかとため息をついて肩を落とした。どこのプログラミングがおかしかったのかと思考を巡らせかけた時、ぴくりと少女の指が動いた。そしてゆっくりと瞼を開いた。しかしまだ少女の意識は、はっきりとしていないようで、瞳の焦点が合っていない。
 一方、カノンは驚きのあまり動きが止まっていた。ヒヨノは辺りをくるりと見回して、それからカノンに話しかけた。
「おはようございます。貴方の名前を教えていただけますか。」
 ヒヨノはカノンを見つめる。その声でようやくカノンは動きを取り戻した。
「ああ、おはよう。ちゃんと僕のプログラミングしたとおりだね。」
 カノンの言葉にヒヨノは首をかしげ、再びカノンに問いかけた。
「すみませんが、貴方の名前を教えてもらえないでしょうか。」
「そうだった。主の名前を登録しなきゃいけないんだったね。ごめん。僕の名前はカノン・ヒルベルト。カノンと呼んでくれればいい。」
 カノンはヒヨノに微笑みかけた。ヒヨノはカノンの名前をインプットするため何度も口の中でカノンの名を繰り返している。
 その様子をカノンは不思議な気持ちで見つめていた。ヒヨノは自分の持つ知識、技術を全て費やして完成させた人工知能を持つアンドロイドだ。まるで自分の娘のようである。しかしその一方、姿は自分が以前から思いを寄せているひよのそのままで、胸が少し高鳴る。頭ではヒヨノはアンドロイドでひよのではないと理解していても、体は反応してしまうのであった。
(落ち着くんだ。ヒヨノは僕の作ったアンドロイドであって、ひよのさんじゃない。それはちゃんと理解していたじゃないか。)
「カノン?」
 ヒヨノはカノンが一人で大きく首を振ったりしているのを見て思わずカノンの名を呼んだ。姿だけでなく、その声もひよのと全く同じである。ひよのの声がサンプルになっているのだから、当然といえば当然なのだが。
「どうかしましたか?先程から不思議な行動をしていますが…」
「いや、何でもないよ。心配かけてごめんね。」
 カノンの言葉にヒヨノはくすりと笑った。
「え、何かおかしかった?」
 カノンにはヒヨノが笑う理由が分からず、怪訝な顔をする。
「だってさっきから、カノンは私に謝ってばかりですよ。」
「あ。そう言われてみれば確かに。」
 カノンもヒヨノにつられて笑い出した。二人の笑い声が部屋に響いた。
「ふぁ。」
 カノンは大きなあくびをした。ちょうど居間の振り子時計が三回鳴った。眠気を感じても仕方がない時間だ。
「三時か…夜明けまではまだ時間があるし、少し横になろうかな。朝、八時頃になったら起こしてくれるかい?」
「はい、もちろんですよ。」
 ヒヨノは満面の笑みで答える。
「じゃあ、お願いするね。屋敷の中だったら自由にあちこちを見てもらっても構わないから。」
「分かりました。おやすみなさい、カノン。」
「ああ、おやすみ。」
 カノンは何度も出る欠伸をかみ殺しながら自分の寝室へと向かった。



作品名:Marionette Fantasia 作家名:桃瀬美明