Marionette Fantasia
8.エピローグ
理緒は森の中を全力で走っていた。自分にとってあまり良くない報せを聞かされたからだ。それほど長くないこの道のりも、いつもの倍以上あるように感じられた。
森を抜けて見慣れた屋敷の前に立った。扉を開けようとするが、鍵がかけられていて叶わない。
「カノン君、ねえいないの!?カノン君っ!」
理緒は何度も扉を叩くが反応は無い。ただ虚しく扉の叩かれた音がするだけだ。
「本当にこの町から出て行っちゃったの…?」
理緒はその場に座り込んでしまった。
「理緒?」
上から自分の名前を呼ばれ、理緒はすぐに顔をあげた。そこには必死で名前を呼んだ彼が、立っていた。
「カノン君!良かった…カノン君がこの町から出て行くっていう噂を聞い、て…」
初めはカノンを見つけたことに喜んでいた理緒だったが、カノンの横に置かれたトランクを見るとすぐに表情が曇った。
「やっぱり、この町を出て行っちゃうの?」
「うん。前々から、王都の研究所に来ないかって言う話があったんだ。ずっと悩んでいたんだけど、このままここに住むには少し辛すぎる思い出も出来ちゃったからね。でも、ちゃんとまた戻ってくるよ。」
「そっか…ねえ、カノン君。私がしたこと、怒ってる?」
理緒は恐る恐る、カノンに聞いた。自分がヒヨノに余計なことを話してなければ、ヒヨノがひよのを刺すことも無かったのではないかと、ヒヨノの最期をカノンに聞いたときから考えていたのだ。
「いや。理緒がヒヨノと話さなくても、いつかはこうなってしまったと思ってるから。」
風が吹き、木々が揺らめく。
「じゃあ、そろそろ行かなくちゃ。向こうに着いたら連絡するよ。またね、理緒。」
「うん、また、ね。絶対帰ってきてね!」
カノンは優しくほほ笑みを浮かべると、トランクを手に取り歩き始めた。その姿を見送る理緒の瞳には涙が光っていた。
森の中をしばらく行くと、正面に見覚えのある姿が見えた。カノンは自分の目を疑いながらもその人物に駆け寄った。
「ひよのさん!?」
「こんにちは、カノンさん。鳴海さんにカノンさん王都の研究所へ行く話を聞いて、少しお話がしたくて。」
「それは嬉しいんだけど…傷の方は大丈夫なの?」
「はい。大丈夫です。それで、全部、全部理緒さんから聞きました。」
カノンの顔が陰る。ひよのはヒヨノに傷つけられた張本人。どんなことを言われても仕方がないと覚悟を決めた。けれどひよのから言われた言葉は予想外の言葉だった。
「私、カノンさんにもあの子にも怒ってないですから。」
「え…?」
「本当ですよ。私も目には見えない形で誰かを傷つけて生きてきましたから。本当、あのことは全然気にしないでくださいね。」
ひよのは屈託のない笑顔を見せた。その笑顔にカノンはいくらか救われた。
「では、また美味しい紅茶を飲ませてくださいね。」
「前よりも美味しいって言われるよう、そっちの方も頑張るよ。じゃあ。」
カノンはしっかりと前を見て歩き出した。そして胸の中で決意した。スズランの花を見て笑えるようになったらこの町に戻ってこようと――。
作品名:Marionette Fantasia 作家名:桃瀬美明