Marionette Fantasia
7.うつろなユートピア
行くあてがどこにもないヒヨノはカノンの屋敷へと戻ってきていた。そして書斎の隅で小さくうずくまっていた。日が暮れても灯をつけることなく、ずっとその場でじっとしていた。
バタンと玄関からカノンの帰宅を告げる音がした。けれどヒヨノは全く動かなかった。カノンは書斎へと入ってきた。
「やっと見つけた。」
カノンに声をかけられて、ようやくヒヨノはカノンの方を見た。
「どうしてあん…」
「彼女は、彼女の容態はどうですか?」
ヒヨノの声は弱弱しく、すがるような瞳でカノンを見た。
「…まだ意識は戻らないし、しばらくは入院が必要だけど命に別状は無いよ。」
「良かった…」
ひよのが無事だと聞いて、ヒヨノは本当に安心した様子であった。カノンはヒヨノに遮られた疑問を再度ぶつけた。
「どうしてあんなこと、したんだい?」
その問いにヒヨノはカノンの視線を避けるように床を見つめ、ぽつりぽつりと語りだした。
「記憶が一部飛んでしまっていて、正確に全てを話すことは出来ないんですけど……カノンが出て行ってすぐに、この間私が見られてしまったお客様がいらっしゃったんです。あの方なら、私の存在を既に知っていますので、良いかと思って客間にお通ししたんです。それで少しお話をして。そして気づいてしまったんです。カノンが私へではなく、私を通して私と同じ顔をした彼女に愛情を注いでいることに。だから、どうすればカノンが私を見てくれるかを考えて。そして気づいたときには、あの場所で彼女を刺していました。」
カノンは驚きを隠せなかった。ヒヨノの記憶が飛んでしまうなんていうエラーが起きたこと、そして何よりヒヨノが衝動的にひよのを刺してしまうほど、自分に対して熱い気持ちを抱いていたことに。
彼女がいくら自分に笑顔を見せてくれても、それはそうなるようにただプログラミングされているから、そう思っていた。けれど実際はそうでなく、ヒヨノはアンドロイドという人工的な存在にも関わらず、人が持つ愛情を持っていたからこそ見せてくれた笑顔だったのだ。
ヒヨノの一番近くにいたのに、きづいてあげることが出来なかった。その事をカノンは自分で責めた。
辛そうな表情を見せるカノンを見て、ヒヨノもまた切なげな表情になった。
「いくらカノンのことを大切に思っていたって、私はしてはいけないことをしました。私が普通の人間なら出頭して適切な処罰を受けますが、でも私はアンドロイド。世間に存在を知られたら大変なことになってしまいます。だから…カノン。私を殺してください。」
「な…!?」
カノンはそんな事を言われるとは思ってもおらず、言葉が詰まった。ヒヨノは一瞬優しい笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「だって、私はまたいつ暴走してしまうか分からない、危険なアンドロイドです。何より、罪を犯したものは罪を償わなくては。人でない私が、死ぬこと以外に何か罪を償う方法はありますか?」
ヒヨノの瞳は決意で満ちていた。カノンは何も言えない自分が悔しかったけれど、どうしようもできなかった。
「ごめん。ごめんね、ヒヨノ。」
カノンはヒヨノの首に手をかけた。ヒヨノを止めるスイッチは少しでも人間に近づけるため、首の奥のところに備え付けられていた。首を絞めないとヒヨノは止まらない。
「どうして謝るんです?私、短い間でしたけどとても楽しかったですよ。それよりこんな役を押し付けてしまって、私の方こそ謝らなくては。それでですね、一つお願いがあるんですけど。」
「何?」
「前に散歩に行った時に、一緒に小鳥のお墓を作ってあげたでしょう?あんな風に私にもお墓を作ってもらえませんか?」
「うん、分かった。沢山花びらを敷き詰めてあげるよ。」
「有り難うございます。」
ヒヨノは微笑み、ゆっくりと瞼を閉じた。カノンも瞼を閉じると、両手に力を込めた。ビーというヒヨノの命が絶たれたことを告げる機械音が鳴り響く。ヒヨノのほほに、一粒の雫が落ちた。
作品名:Marionette Fantasia 作家名:桃瀬美明