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will

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 予定を空けられたのが今日だったというのは、本当に偶然だったのだろうか。
 空港のざわめきの中、メールチェックを済ませると携帯を鞄へと閉まった。こちらに着いて早々に受信したメールは、ミズシロ火澄の死を知らせるものだった。

 神様だとか、悪魔だなんていうおとぎ話のような世界と関わってから、早二年。私は日本を離れ、忙しい毎日を送っている。あの頃のことを思い出すことは、ほとんどない。ただ、数ヶ月に一度、彼の近況を綴ったメールが鳴海清隆から届くので、最後に交わした約束が胸の奥から消えることも無かった。
 いつも通り仕事をこなして、自分の部屋へ帰るところだった。少し疲れていたのかもしれない。日ごろなら、ただ前だけを見て歩いているのだが、ふいに立ち止まって空を見上げた。空は夕焼けに染まり、とても鮮やかで、どこか懐かしさを感じた。こんな夕焼けの中、彼と二人で歩いていたことを思い出してしまった。だから、彼に会いたくなった。会って、あの約束を果たしたくなった。
 そこからの私の行動は速かった。睡眠時間を削り、いろいろな方面へも手を回し、任せられていた仕事を予定よりも数日早く終わらせ、スケジュールの空きと日本への航空チケットを確保し、異国の地を離れた。

 病室のドアの前で深く息を吐いてから、ゆっくりと扉を開けて中へ入る。正面にあるグランドピアノが一番に目に入った。それを見た瞬間、すっと肩の力が抜けるのが分かった。普通なら、病室にグランドピアノなんて似合わない。けれど、そのグランドピアノは周りの空気と上手く馴染み、共存していた。
彼は私に気づいていないのか、それともただ気づかない振りをしているのか分からないが、ちらりとも視線をこちらに向けない。久々に見る横顔は、私の知っているものから、かなり大人びているように感じた。
「…お久しぶりです。「鳴海さん」。」
「……ああ。あんたか。悪い、後にしてくれ。今忙しいから。」
 私が話しかけて、ようやくこちらを向いてくれたかと思うと、すぐに視線を机の上へ戻した。そんな私に対する態度も、言葉も二年前と変わらない。この何気ないやり取りがとても愛しく思えて、少しだけ寂しい気持ちになった。


 鳴海さんは、私に聞かせるためにピアノを弾いてくれた。それは私が聞いた彼の演奏の中で明らかに一番良い演奏だった。そのことを素直にそう伝えると、鳴海さんは少し照れたような苦笑いを浮かべた。それから、色々なことを話した。二年前の思い出話に始まり、ブレードチルドレンの方々の話、私が街で見かけた変なおじさんの話など、話題が尽きる事は無かった。もっとも、二人で会話を楽しむというより、私が一方的に話して、鳴海さんは時々相槌を打つだけだったのだけど。


 ちらりと時計に目をやると、私に残された時間はわずかになっていた。半ば無理矢理空けたスケジュールで元々の時間も少なかったのだが、それ以上にあっという間に時間が過ぎてしまったように感じる。私は会いに来ようと決めたときから、ずっと考えていたお願いを切り出した。
「ね、鳴海さん。先ほど返したこのピアス、良ければ私にくれませんか?」
 私は机の片隅に置かれたピアスをつまみ上げ、自分の手のひらの上に載せた。
「あんた、それを返しに来たんじゃなかったか?」
「まあ当初の目的は、そうだったんですけどね。ほら、二年も持ってたら愛着を感じるようになってしまいまして。」
 そう言いながら、ピアスを手のひらで転がしてみる。二年間も私の手元にあったせいか、違和感なく、よく手に馴染んでいるような気がする。
「大体あんた、ピアスホールも開けてないのに、ピアスなんてもらってどうするんだ?」
 鳴海さんは少し呆れて言った。予想通りの反応に、私は鞄の中からガサゴソとあるものを探し出し、にっこり笑って鳴海さんに突きつけた。
「それは大丈夫です。鳴海さんに開けてもらおうと思って、ちゃんとピアッサーを持ってきましたから。」
「…あんたにはやっぱり敵わないな。」
 そう言って、鳴海さんはため息をついたけれど、私の目にはどこか楽しげに映った。

「じゃあ、お願いします。」
 ベッドの端に腰掛けて、左耳を差し出す。初めてのピアスという緊張と、鳴海さんの指が耳に触れるという緊張が交じり合って、少し息苦しくなった。自然に、ピアスを握り締める力が強くなる。
「痛くても文句は言うなよ。」
「そんなクレームはつけないんで、安心して開けてください。」
 むしろ、一生忘れられないほど痛くしてくれればいいのに。
 そんなことを、口に出さずに願う。近い将来、この世からあなたがいなくなるのなら、その後もあなたを忘れないでいられるようなものを私に残してほしいと。
 このピアスが欲しがったのには、そんな理由があった。ピアスをつけていたら、鏡で自分の顔を見るたびに、あなたのことも一緒に思い出せるから。それをさっきは愛着なんて言葉で片付けたけれど。

 ガシャン。
 大きな音と一緒に、一瞬痛みが左耳に走った。ピアスから意識がそれていたので、痛みよりも驚きの方が私の中では勝っていた。
「痛かったか?」
「えっと、その…痛いって言うよりも、大きな音に驚きました。というか、やるときに一言声をかけてくださいよ。でも、これでこのピアスがつけられます。ありがとうございました。」
 握り締めていたピアスを失くさないように、ハンカチで包んでから鞄の奥のポケットへと大事にしまい、再度時計を確認する。そろそろ、本当にここを出発しないといけない。
「それじゃあ、鳴海さん。私、帰りますね。」
「ああ。」
 私は自分がちゃんと笑えているか心配なのに、鳴海さんは少しも表情を変えることなく、うなずく。
「最後になりましたけど、私、鳴海さんと高校生活が送れてすごく楽しかったです。ありがとうございました。鳴海さんは最後に言い忘れてることとか、ないですか?」
「ああ、無いな。」
鳴海さんは私の疑問に対して、少しも迷うことなく突き放すような口調で、即答した。鳴海歩らしいといえば、確かにそうなのだが、何か一言ぐらいはあってもいいのにと、つい思ってしまう。そんな思いから、ついつい私の言葉も刺々しくなる。
「そうですか。それは失礼しました。」
 回れ右をして、思いっきりドアを開けようとした瞬間、予想外の言葉が後ろからかけられた。
「ありがとう。」
 予想外の言葉に驚き、振り向くと鳴海さんは優しい目で私のほうを見ていた。
「これがあんたに言える、今の俺の精一杯の言葉だ。」
「…いえ。それが聞ければ充分です。」
 たった一言だけれど、その一言はとても価値のある言葉だった。さっき貰ったピアスと一緒に、私の宝箱へそっと加えた。
「では、本当に失礼しますね。」
「ああ。」
 段々と熱を持ち始めた左耳に一度だけそっと触れ、私は病院を後にした。
作品名:will 作家名:桃瀬美明