敵わない人
がしゃんどしゃん、というあり得ない音、トムたちにとってはもう日常になりつつある音に意識を浮上させる。
『戦争』をしている静雄の金髪は日の光を浴びて黄金色に輝き、そこにはまるで本物の百獣の王がいるかのよう。
「あ、でも僕の前だとゴールデンなんですよね。だからこうして遠目から見ている方が僕は好きです」
「・・・はい?」
「だからゴールデンレトリーバー」
帝人はふふ、と笑うと大型犬に見えるんですよね、と告げた。
「僕の前だとどうにも大型犬が尻尾を振っているように見えちゃって。
だからこうして折原さんと戦争をしているときとか取り立てをしている時の静雄さんが僕は好きなんですよ」
「え、えーっと・・・」
「ゴールデンな静雄さんも好きですよ?でも、やっぱり僕は孤高な王の静雄さんの方が好きなんです」
帝人はニコニコしながらトムを見上げ、トムはから笑いをした後戦争真っ最中の静雄を見た。
「けどまぁ・・・、まだこの後も仕事残ってるんですよねぇ。いい加減にやめてもらわねぇと」
「おや?そうだったんですか。それはごめんなさい。僕が戦争になるようにしちゃったから・・・。あ、ちょっと待っててください」
「へ?ってちょっ!帝人さん待ってください!」
帝人はトムに笑いかけると、颯爽と戦争の渦中へ歩いていった。
トムは出した手をどうするか一巡した後、その手で頭を掻く。
トムは帝人が傷ついたりすることを心配したのではない。なぜならあの2人が帝人を傷つけることをするわけがないから。
それに帝人の身体能力もなかなかなものなの。常人よりは遙かに高い。
トムが気にしているのはそのことではなく、帝人が切れないかどうかを心配したのだ。
(気がつけよ静雄・・・。いや、頭に血が上ってるから無理だよなぁ)
トムはこれから起こるであろう絶対零度の笑顔を貼り付けた帝人の怒りを思い浮かべて、背筋を震えさせた。
帝人は戦争を繰り広げている2人の間合いギリギリにたち、声を上げて二人を呼ぶ。
「しずおさーん!おりはらさーん!!いい加減にとめてくださっ」
ガシャンドシャンバキャン!
日常では絶対にあり得ない音を立てて帝人の横すれすれに電柱と自動販売機が落ちた。
帝人の後ろでトムが手を顔に当てながらあちゃーと呟き、これから起こることに涙をのむ。
臨也はいち早く帝人の異変に気が付き、顔を蒼白に染めた。
けれど、静雄は気が付かないまま急に動かなくなった臨也に先程へし折った標識を投げつけようとする。
次の瞬間、鈍い音と共に静雄の頭に空き缶がクリーンヒットした。カランカランと缶が転げ落ちる。
「あぁ!?・・・・あ」
最初の声は空き缶を当てられた怒りで上げた声、最後の声はその当てた人物を見てから上げた声。
その人物の隣にはぐしゃぐしゃになった電柱と自動販売機。
静雄は漸く今、自分に空き缶を当てた人物が誰なのか、どうして当てられたのかを理解し顔から血の気が引いていくのが解った。
標識を静かにおきこちらにゆっくりと歩いてくる帝人から視線を離せずに、唾を飲み込む。
臨也はとうの昔にとんずらをこいていて姿はどこにもなかった。静雄は心の中で臨也に悪態を付く。
(あのノミ蟲良くもこの状況のまま消えやがったな!絶対殺してやる殺してやる殺してやる)
「静雄さん」
「っ」
ビクッと身体を震わせ、静雄は己よりも遙かに背の低い帝人を見下ろす。その瞳はおどおどと不安という感情の色を濃くしていた。
帝人はニコニコと笑みを浮かべながら腕を組み、静雄を見上げる。
端から見れば、見下している静雄の方が帝人よりも尊大な態度のように見えるが、実際は違う。蛇に睨まれた蛙状態は静雄の方。
嫌な汗が手のひらに滲む。静雄は息を深く吐くと、帝人に声を掛けた。
「あ、あの帝人さん・・・」
「静雄さん。僕の声聞こえなかったんですか」
静雄が言い終わる前に間髪入れた帝人に静雄は更に肩を振るわす。
「すみません」
ここは正直に謝っておくことが先決だと、静雄の本能と学習が告げている。
深々と腰を折り、目の前の少女に頭を下げる喧嘩人形の姿は通行人からしたらそれはシュールな場面だろう。
時々、呆けながら通りすぎていく人達が木や人にぶつかったりしていた。
帝人はニコニコと貼り付けていた笑顔を取り、組んでいた腕をほどいた。そして素で苦笑する。
「いいですよ。別に。そこまで本当は怒ってないんです」
「でも!」
「静雄さん、僕はもう良いと言っています。だから顔を上げてください」
「帝人さん・・・」
恐る恐るという感じで静雄は顔を上げ、目の前で苦笑いをしている少女を見つめる。
帝人は触り心地が良い静雄の髪に手を入れると、ニッコリと笑った。心からの笑みを。
途端に静雄の頬に赤みが差し、視線をふらふらと彷徨わせる。そんな静雄に帝人はまた笑みを零した。
「トムさんが待っています。お仕事、頑張ってきてくださいね」
「はい」
帝人はそう言うと、静雄の手を取りトムのいる方向へと歩み出した。
突然手を引かれた静雄はつんのめりそうになるが、何とか耐えて帝人の後ろを歩き出す。
「帝人さん!」
「トムさんを待たせるわけにはいきませんからね。急ぎましょう」
帝人は肩越しに静雄を見上げて笑うと、また前を向き直し鼻歌を歌い出した。
静雄は赤い顔をそのままに、繋がっている手を壊さないよう握り替えしてハイと頷く。
手を引かれながら目の前を歩く可愛らしい小さな存在に無意識のうちに笑みを浮かべていた。
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あ、あの帝人さん!
はい?なんでしょうか?
そ、その・・・帰り、待っててもらえますか?
ふふ、もちろんそのつもりでしたよ。
っ!あ、ありがとうございます・・・!
すみません、頼むから惚気は他でやって下さい!!