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もう君が居ない

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俺から離れて君に生きる場所があるの、と、俺は言った。
その問いかけに君は黙る。
俺はわざとらしく軽く首を傾げ呆れたように「ホラね?」と君を嘲笑った。

でも本当は君に離れられたら生きられないのは俺の方だったんだ。



帝くんが居ない。
いや、この言い方はおかしいかな、正確にいうと『此処に』居ないだけであって、『この世に』居ないわけじゃない。
つまりこの世界のどっかには居る、いや何も海外逃亡を謀ったわけじゃないんだから日本のどっかには居るだろう。
ただ、東京に居ない。東京のこの、池袋に。
彼が居ないと俺の生活は一変したかと言われればそんなこともない。
だいたい帝くんが例え死んだって、俺の生活はきっと変わらない、それは俺だけじゃなくて全世界の誰もがそうだ。
彼が死んでこの世が終わるわけがない、彼はただの平凡な人間だもの。
そう、帝くんは居ない。

俺は夜の街を練り歩く。
酒ならとっくに入ってて良い気持ちで鼻歌を歌う。そういえば此処数日毎晩酔っている。
どんっと誰かにぶつかった。
「痛ぇなぁ、おい、コラてめぇ…。」と絡まれる。
俺はますます楽しくなった、ここで俺の顔を見ても逃げ出さないのはよほどチンケな奴か最近ここへ来た奴らかもしれない。
「わ、ごめんなさーい。」
素直に謝ってる自分にも笑える、俺って案外良い子かもしれない。
「人様にぶつかっといて、へらへら笑ってんじゃねぇぞ、あ?」
俺が謝ったことは完全無視でその男達はさらにいきがる。
向こうは3人、俺は1人。
どう考えても不利なのは俺の方だ。でも俺はこれ以上無いほど楽しくなった。
「ふふ、あはは。」
俺はとうとう声に出して笑う。
ぎょっとしたのは向こうの奴らだ。
「アハハハハハッ。」
「んだ、てめぇ。」
「おい、なんかヤベーよこいつ…もう行こうぜ?」
失礼だな、少し酔ってるだけでしょうよ、クスリに手を出したわけでもないし。
「待ってよ、お兄さん。」
俺はにっこりと微笑んだ。
偶然にも見つけた良い暇つぶしだ。そうやすやすと逃がす気は無い。
俺を置いて歩き出したうちの一人の肩を掴む。
「俺と、遊ぼうよ。」

また一晩がたった。
昨夜もとくにいつもと変わりなく過ぎた。
ベッドから体を起こすと頭がズキズキとした。ああ、二日酔いかな。
昨日の夜とはうってかわって気分は最悪だ。
俺は迫りくる吐気をどうにか押さえてトイレへと走った。
ゲーゲーと吐いて、すえた臭いが鼻を突く。固形物が何も出てきていない。
どうりで酒を飲むと胃がキリキリとしたはずだ。
顔を洗って、鏡を見る。居るのは折原臨也だ。鏡の中の自分の目を覗きこむとそこにも折原臨也が居た。
見えないけど目の中の折原臨也の目の中にも折原臨也が居るはずだ。
「ハハ、」
なんとなく永遠に続くそれが面白くなって笑ったけど、またすぐに吐き気を催して、洗面台に突っ伏した。
ビチャビチャと胃液だけが排水溝へと落ちて行った。

作品名:もう君が居ない 作家名:阿古屋珠