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探偵と助手

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「人ってのはなんて興味深い生き物なんだろうねぇ!生命維持以外の目的で同族殺しをするのは人間くらいのものなんだよ。愚かしい!ああ馬鹿馬鹿しい!」
 紅い瞳が爛々と輝いている。臨也さんは僕を太腿の上に抱き上げて腕に囲って、生き生きとわめく。
「面白いって褒めてるのか馬鹿だって貶してるのかどっちなんですか!」
「嫌だなぁ、俺はこんなにも絶賛しているじゃないか。今真相を突き止めた事件もね、最高に素敵な結末だったよ」
 僕はげんなりとする。間違いなく、人間と人間の隠された部分が絡み合った、気分が悪くなること請け合いの動機や裏事情があるのだろう。「そんな顔しなくたっていいじゃない」とくすりと笑って、臨也さんは宥めるみたいに僕の頬にキスをする。
 臨也さん、ノリノリである。
 組み立てた予定通りにすっかり事が片付いたから。人をこよなく愛する臨也さんを満足させるほどの『楽しい事』があったから。それに、僕の自惚れでなければ、僕と二人っきりだから?
 綺麗な顔に、子どもみたいな無邪気な笑顔を綻ばせて、さっきまで毒を吐きまくっていた唇で、甘く囁く。
「愛してるよ」
 ――人間という生き物すべてを。
 僕も人間の一部には違いないので彼に愛される対象であるわけだが、彼の愛とはあまねく全人類約六十八億人に向けられているので、同棲しているのとほぼ変わらない仲であろうとも特別感が無いのは無理もない、と諦められるほど僕は達観していないし人並みに不満もあるけど、決定的に不満を爆発させ切れないのは、今この空間で臨也さんと向き合っている人間は僕しかいないから、彼のすべての愛とやらが僕一人に惜しみなく注がれる。
 というわけで。
 ちゅ、ちゅ、とリップ音が頬や鼻先を掠めて、いよいよ薄い唇が重なった。「君の唇は柔らかくていいねぇ」なんて恥ずかしげもなく言って、容赦なく舌を差し込んでねじ込んで、つついて舐め回して絡ませて、ねっとりと濃いキスをくれた。
 そりゃあ濃いはずだ。六十八億人分のキスが、僕たった一人に与えられているわけだから。
 臨也さんはキスが上手かった。対する僕は決定的な経験値不足だった。ぜえはあと息を切らせながら、のぼせ上がった頭を臨也さんの胸元に預けた。少しながらもいつも以上に忙しない鼓動を聞き取って、満足した。
 ジョッキを一気飲みしたみたいに性急にキスを注ぎこまれて、僕はメロメロのべろべろに酔って腰を抜かしていた。細い腕のくせして僕をひょいと軽々抱き上げて、くすくす笑って臨也さんはこめかみに唇を落とした。
「いつも不安そうな、不満そうな君が面白くてこういう事言っちゃうんだよね」
 ごめんねぇ、と誠意の全く感じられない謝辞。先ほどの煩悶もしっかり読まれている。ていうか分かってやってたのかよ。やっぱSだよね臨也さん!
「俺はちゃんと君を、竜ヶ峰帝人っていう個人を、一個体として愛しているよ」
「……なんですかそれ、また煙に巻こうとする」
 欲しいのはそんな味気ない言葉じゃないんだけどなぁ。
 首に腕を回して抱きつくと、とびっきりの甘ったるい声で「信じてくれないなら俺拗ねちゃうよ?」と囁いてくれた。拗ねたいのはこっちなのにさ。


 臨也さんが新宿に探偵事務所を開いてすぐに、僕は彼に拾われた。あまり役には立てないけれど、助手というポジションに収まって日銭を稼いでいる。
 助手だの探偵だのといった仰々しい呼び名は便宜上のもので、臨也さんも自分が「職業探偵だ」と思って活動しているわけでは無いと思う。既存の推理小説だって有名どころを拾い読みした程度だって言ってたし。 
 人のいざこざが絡んだところに飛び込んでいって、真実を明らかにし説明する、それを探偵業と呼ぶらしい。問題なのは、彼は普通の探偵と違って裏工作をさりげなく仕込む点である。いやもっと、臨也さんが裏でやっていることに勘づいているのだけれど、確信はないし、事実ならあんまりにもえげつない事なので、まだ詳しく突き止める気はない。というかそんな勇気はない。
 一人で眠るには広すぎて、二人ではいささか狭い臨也さんのベッドに寝転がって、彼の身体に猫みたいにすりよって、気になっていた事をさりげなく尋ねてみた。
「今日の事件だって、臨也さんは始めからどの程度掴んでたんですか」
「ん?」
「トントン拍子に、うまくいきすぎやしませんか」
「偶然も重なれば必然になるんだよ」
 あははと爽やかに笑って頭をなでられた。教えてやんない、ということらしい。
「ま、いいですけどね。スムーズに事が運ぶならそれに越したことはないし」
「同感だ。ああ、君は案外勘がいいから自分で気づくかもしれないねぇ」
「そう買い被られても困るんですけど」
 臨也さんはたくさんの秘密を飼っている。彼の紅と黒が溶け合った色の瞳を覗き込むと、暗い沼の深淵を覗き込んでいる気がしてくる。今の僕にはとても太刀打ちできるとは思えない。
 僕はまだ、助手としても、彼の恋人としても未熟みたいだから。気まぐれに手ひどくあしらって、でも拗ねていたら抱きしめてくれるあたたかい腕が、唯一の拠り所だった。
 首を突っ込んで殺人事件に巻き込まれて、雪山の山荘に閉じ込められた時も同じような事を考えていたっけ――と、恋人同士の想い出にしては、いささか色気がないどころかちょっと血生臭いそれを思い出しながら、僕は目を閉じた。




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作品名:探偵と助手 作家名:美緒