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探偵と助手

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Scene-2 探偵が助手(前編)


 臨也さんは、できれば他人に顔を覚えられたくはないのだそうだ。後々、活動しづらいからだとか。――また何やらかすつもりなんですかあなたは。
 犯罪者を摘発するために。ただ救世主と謳われちやほやされたいから。臨也さんはそんな理由で人間同士のいざこざの中に飛び込み、長い弁舌や派手な立ち振る舞いで犯人を追いつめているのではない。臨也さんの挙動が芝居がかっているのはいつものことだ。彼はむしろ、スポットライトが当たらない舞台の裏で、人知れず画策するのを好む。
 一から十まで丹念に推理を説いてみせるのは、犯人と二人きりで対峙している時だけだ。関係者が多く居る場では決して目立たずでしゃばらず、通りすがりのアドバイザーみたいな顔をして控えめに指摘したりして。気づけば事件が解決しているという具合である。実に鮮やかな黒子ぶりだった。
 みんなの前で糾弾したりはしない、その替わりにこっそり体育館裏に呼び出してフルボッコにする、と言えばおおよそのやり口を察してもらえるだろうか。――うん、陰湿だよね。僕もそう思う。
 そう、どちらかといえば彼は黒幕だ。一見無関係の、通りすがりとして首をつっこんだだけに思えた事件の裏側で臨也さんが暗躍していた、というケースを僕は知っている。彼は決して善なる存在ではない。どころか、臨也さんが死んで喜ぶ人はたぶん山ほどいるはずだ。
 古今東西の探偵小説での探偵は、誰よりも高みに立って犯罪者を白日の下に晒す。まるでヒーローか何かのように描かれる。ヒーロー。ああ、これほど臨也さんに似合わない肩書きもないだろうね。
 新宿某所に部屋を借り、営業に必要な物品が一通りがそろった日。僕はパソコンをセットアップする傍らで、暇つぶしに僕が持っていた本を読んでいた臨也さんに、ずっと思っていた事を口にしてみた。でもやっぱり、臨也さんの鮮やかな手際を知っている僕としてはこう言いたいのだ。――臨也さんって、ヒールな現代の私立探偵って感じですよね!
「俺が探偵ねぇ」
「おかしいですか?」
「小説の読みすぎだよ、帝人くん」
 臨也さんは流し読みしていた名探偵の武勇伝を手の中で弄びながら、僕を一笑に付してくれた。
 現代の探偵は金持ちである。いやいや彼くらいだろうな、この歳で左団扇なのは。
 新宿、東京の一等地の高級マンションを事務所に構えている、と聞いた時点で分かるだろうけど、探偵業はあくまで臨也さんの趣味の一環、ささやかな副業なのだ。本業は別の怪しげな職種らしいけど、詳しい事は知らない。仕事柄顔が広いらしく、探偵の真似事みたいな仕事の依頼は、その怪しい仕事筋から持ち込まれる事が多い。特殊なルートを確保しているからこそ事務所の窓や玄関に「○○探偵事務所」だなんて看板を掲げなくていいって訳だ。
「俺が探偵なら、ここは『ダラーズ探偵事務所』で、君はさしずめ『少年探偵団』ってところかな」
 と、臨也さんは僕をからかう。
 ダラーズ。少年探偵団。後者は説明するまでもないだろう。前者は、僕たちが生み出した造語というか愛称みたいなものだ。
 僕の周りでダラーズという名が生まれたのは、臨也さんが事務所を構えて、そこに僕が転がり込むよりも、もう少し前にさかのぼる。


 当時中学生だった僕はチャットにはまっていた。チャットルームに入り浸り、気の合うネット仲間と文字で雑談する日々。たまに真面目な議論に発展する事もあるけれど、たいていは他愛もないおしゃべりがほとんどだった。
 常連が増えて盛況してきた頃。
『皆さん知ってますか〜?』
 常連メンバーの一人が出した話題。それがすべての始まりだったのだ。
『私、噂聞いちゃったんですけど、何日か前に強盗事件があったじゃないですか。すっごい綺麗な宝石が盗まれたの。あれ、狂言じゃないかって噂があるらしいですよ?』
 発言者はハンドルネームを《甘楽》と名乗っていた。ネット上では素性が分からないので、僕は今までの発言から勝手に、彼女はミス研に入っている女子大生ではないかと想像している。――で、その甘楽さんが言い出した狂言強盗疑惑に僕らは食いついた。ちょうど話題が途切れて退屈していたから。誰かが言い出す。
『言われてみれば、なんか臭いっすね』
『いっちょ、推理合戦でもしてみますかね?』
 代々製薬会社を営む一族の豪邸から盗まれた、家宝と呼ぶべき宝石。情報を集めながら事件について検討した。チャットルームは俄然盛り上がった。盛り上がりすぎて話が脱線していると最初に気づいたのが僕だったので、さりげなく舵を取って話を引き戻しながら、僕も仮説を投入しては完璧に論破されてしばらくヘコんだりもした。
 真相に、一番最初に気づいてしまったのも僕だった。
 真犯人は矢霧波江。矢霧家の長女にして、矢霧製薬の幹部。掴んだ手ごたえに興奮しながら、僕は途方に暮れた。さてどうしよう?
 警察に告発するか?――まともに取り合ってもらえるとは思えない。それに、メンバーに矢霧邸の間取りをリークしてもらった手前、逆に僕が怪しまれそうだ。だって普通の一般人が、よそのお宅の間取りを隅から隅まで把握しているなんて、おかしすぎるから。
 でも、誰かにこの仮説を話したい。正義感から罪の告発をしたかったんじゃない。まあ悪人が裁きを受けるに越した事はないけれど、そんな建前よりもただ僕は、自分が突き止めた仮説を披露したかった。それだけなんだ。
 そんな時に、僕にコンタクトを取ってきたのが、最近メンバーに加わったばかりの《名倉》さんだった。
『今まで議論していた事件の事で、直に会って話しませんか?』
 僕は大いに揺れた。
 彼とは何度もメールを交わした。名倉さんは信用に足る人物だと思った。だから思い切って、現実世界で彼と会った。中学最後の冬だった。
 待ち合わせ場所に現れたのは、黒づくめの青年。男の僕から見ても文句なく、美形だった。チャットやメールの時に得た印象通り、物腰の柔らかな微笑を浮かべて、「はじめまして、山田太郎さん。名倉こと、折原臨也といいます。よろしく」と手を差し出した。微笑む顔がやっぱり格好良くて、手を握りながら、不躾なほど彼を眺め回してしまった。
 今なら分かる。《名倉》の時の臨也さんは、「詐欺か!」と大声で突っ込みたくなるくらい、何匹もの猫をかぶっていたのだと。人当たりの良さそうな物腰や隙のない笑い方に、なぜか言いようのない不安感を感じたのは事実だ。でもそれ以上に、僕はわくわくしていた。
 オフで会った《名倉》さんの正体は、ファッションモデルみたいに格好いいお兄さんで、話せば頭の回転の早さがよく分かる。現実離れしたチャット仲間と、フィクションみたいに刺激的な現実。耐えがたい誘惑。
 たぶん、まだ中学生だった僕に合わせて選んでくれたのであろう、僕たちはファストフードの店に入った。ホットコーヒーをすすって、臨也さんは僕の顔を覗き込む。
「帝人くん、なんか楽しそうだねぇ」
「わ、分かりますか?ずっとあの事を誰かと話したかったんです。だから、すっごく嬉しくって」
 浮かれているのが丸分かりな自分が幼稚で子どもっぽく思えてしまって、僕は小さくなってジンジャーエールを吸い上げた。
「ああごめんね、別にからかうつもりはなかったんだ」
作品名:探偵と助手 作家名:美緒