探偵と助手
言って、臨也さんは頬杖を突いてふわりと微笑んだ。
「可愛いなぁと思って」
すっかり舞い上がってしまって、それから後の事はほとんど憶えていない。後にこの件を親友(その時の彼は自身を《ラブハンター》だと名乗っていた。訳が分からない)に語ったところ、両肩を掴まれシェイクされて、涙ぐまれてしまった。
「みーかーどー!お前の恋愛経験値の少なさは知ってたけどなぁ、そんっな簡単にたらし込まれてどうすんのよ!」
「いや別に僕普通に女の子好きだし、自分が女の子とも思ってないから『可愛い』とか言われて嬉しかった訳じゃないし」
「分かってるよ、お前はどこからどう見たって男、雄、染色体はXYだ!いやいやそうじゃなくてだな、ジェンダーとか飛び越えてしっかりたらし込まれてるから心配なんだろうが!俺はお前をそんな子に育てた覚えはありませんっ」
「うん、僕も正臣に育てられた覚えはないね」
また、臨也さんと友達以上家族未満、はっきり言うと恋人だか何だがとしてお付き合いする事になりました、と発覚した時も親友とひと悶着あったのだけれど。
ここは割愛する。えーと、とりあえずごめん正臣。
*
臨也さんと何度か落ち合って話し合って、ある日の別れ際に臨也さんはにっこり笑顔でとんでもない事を言った。
「来週は空いてるよね?よし、じゃあ行こう」
「へ?どこへ、ですか?」
「君の仮説を披露できる所。アポが取れたんだよね、矢霧波江と」
「えええええええ?!」
待って待ってよ聞いてないよ!いきなり犯人(推定、というか確定)の所に突撃?
「臨也さんはいいけどどうして僕まで!」
「どうして、って」
こくり、と彼は小首をかしげて。
「謎を解いたのは君なんだから、君にはそれを披歴する権利があるんだよ」
「つつ謹んで辞退させて下さい!」
「でも、俺が行って何を話すのさ。俺は途中から参加した新参者なんだから。初期からチャットに積極的に参加していた君の方が、遥かに確実に把握してるはずだ」
はずだ、と言われましても!あちらは臨也さんと同じかちょっと上くらいの年齢で、企業の幹部にまで上り詰めた才女だ。僕みたいな田舎の中学生が敵うような相手じゃない、と普通は思うはずだ。なのに臨也さんはやっぱり前言を撤回するどころか。
「俺も着いてって、フォローできる部分はフォローするからさ」
と、僕の肩を叩くのだった。
こうして気づけば僕は身の程知らずな大舞台に立っていた。
しかし今はもう、目的の製薬会社の本社に向かう道中なのだ。本番なんだ、と思えば妙に踏ん切りがついた。というのもきっと。
「臨也さんがいたからじゃないかなって思うんですよね」
「ん、何が?」
「いえ……ちょっとだけ、後悔しているって言えばしてるかも。臨也さんといると、平凡で退屈な日常が面白くなりそうだなって、感じたから」
臨也さんからにおい立つ、《非日常》の気配。それに惹かれて、僕は彼に着いていく事にしたんだろう。
その時の僕はこれから立ち向かう相手の事で頭がいっぱいで、段取りを確認しながら聞こえてくる音を聞き流していた。だから、臨也さんがぼそりと呟いたのにも気付かなかった。
「……俺じゃなくて、俺の周りの『非日常』に惹かれたってわけ?ちょっと傷つくなぁ」
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