交譲木
苦鳴は案外小さかった。ばらばらと逃げていく様々な後ろ姿を、ただ呆然と見守る私の後ろで、桜子さまがすごいすごいと嬉しそうに手をたたいた。
*
撫子が待っているから少し早いけれど帰りましょう、と。桜子さまはそう言った。否などあるはずもない。手に入れた宝物を確認する私を見ながら、桜子さまは目を細めた。
「――あなたと、もう少し一緒に討伐に出てみたいわ」
けれど、と。最後までは言わず、桜子さまはただ帰りましょうとだけ言った。なんと言えばよくわからなかった。もしかしたら、私もぜひ! と言うべきだったのかもしれない。
屋敷に戻ったとき、桜子さまの言った「撫子が待っているから」の意味がわかった。あわただしく走りよってくるイツ花の姿に、桜子さまはほんの少し、表情を歪める。あの子、私より若かったのに、と。桜子さまはそう言った。
桜子さまは、私ともう二度と討伐に出ることはないだろうと思っていらっしゃるようだった。けれど、実際のところ、そうはならなかった。桜子さまが身罷られる前に、私はもう一度だけ、討伐をご一緒することができた。自分の予想が外れたことについて、桜子さまは何もおっしゃらなかった。
桜子さまは、ずいぶんと長生きされた。もちろん、一族の中でという意味だ。討伐をご一緒した後、桜子さまは床につかれた。そして、ひときわ寒さの厳しい冬の朝、彼岸へと旅立たれた。
その後、父上も短い当主生活を終えられた。私の交神の儀が先となったためお子を持てなかった京さまも、娘をさずかったことに安堵したか、訓練期間を終えることなくお隠れになった。
今は私が桜子だ。そして、今日が初陣とがくがく震えながら歩く娘ーー京さまの忘れ形見が斜め前にいる。力を抜いて、と。胸元でしかと剣を握る姿に、私はそう声をかけた。皆がいる。怖いことなど何もないよ、と。
紅潮する頬に、あの時の桜子さまの笑顔を思い出した。私の言葉は、彼女の中で実を結ぶだろうか。大丈夫よ、と。桜子さまが笑ってくれた気がした。