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Götterdämmerung

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学校からの帰り、途中でスーパーにでも寄って晩御飯の食材でも買おうと思っていた帝人は、お約束のように絡まれていた。
そういえば忘れていたが、自分は年をとっても随分と童顔で、美味しそうなカモられやすい対象だったことを。別にオノボリさんな空気を出していたつもりはないのだが、やはりこの顔が悪いのか…。
頭の悪そうな連中に金を出せと言われても、コイツらにやるような金はないので早々にお引取り願いたい。亀の甲より年の功、口八丁で丸め込むこともできるが、さてどうしようかと帝人が思っていたところで、乱入してきた人がいた。明らかにカタギではない雰囲気を持つ男にの登場に、帝人に絡んでいた奴らは怯えたように去っていった。
「ありがとうございました」
「いやいや」
頭を下げて礼を言った帝人に、先ほどまでの凄味を引っ込めた男は和やかに笑った。
そして帝人の腕を掴むと、「ちょいといいかい?」と言った。
色眼鏡、片目に傷、杖、派手はスーツと柄シャツ。今、何故この人が自分に話しかけているのだろうと思った帝人だったが、コックリと頷いた。好奇心を抑えられなかったとも言う。おそらく杏里の通っている中学校付近に出没している件かなぁと予想をつけてから、立ち止まっていた帝人は腕時計を見た。
「あ!」
「どうしたんだい?」
「スーパーのタイムセール始まる!」
「…………」
周囲に適当な店がなかったわけではないが、帝人は当初の予定のままスーパーに行き、晩御飯の買い物をしてからマンションに帰った。赤林と一緒に。
赤林をリビングに通すと、お茶を出してから帝人は、
「ちょっと座っててください」
と、晩御飯の用意をし始めた。
出されたものに手をつけながら、赤林は室内を観察した。こんなつもりではなかった。
自分が気にかけている少女のまわりに、たまに一人の少年が現れることを知ったのはつい最近だ。都内の私立中学に通うという少年に探りを入れてみると、四木と関係のある子どもだということが分かった。最初はこちらの弱みを握るための間諜かとも思ったのだが、今日接してみてその疑いはなくなった。わざわざ部屋に入れて、自分のテリトリーを晒すようなことはすまい。
そもそもこんな子どもに、四木は何の思惑があって接しているのか。分からない。
そして気が付くと目の前には大盛のカレーライスがあった。しかも、タイムセールで二割引きだった豚カツと、お手製の温泉卵つきという豪華さだ。コーンとツナの入ったレタスとキュウリのサラダまである。十代の少年が作ったとは思えない見事な出来栄えに赤林は呆然とした。自分がこの少年と同じ年代だったころ、彼と同じくらい家事ができただろうか、いや無理だ。
「あの、もしかしてご迷惑でしたか」
いつまで経っても手をつけない赤林に、帝人が恐る恐るという感じで尋ねた。
「何だか成り行きで一緒に用意しちゃったんですけど、もしかしてこれから食事のお約束があったとか、」
「いや、それはない。ありがたく頂くよ」
「あ、はい」
スプーンで一口掬って口に運ぶ。甘口かと思ったカレーは予想とは違い、少し辛めの中辛だった。トースターでもう一度焼きなおしたカツは衣がサクサクしていて美味しい。サラダもさっぱりとしたドレッシングで良い箸休めになっている。
ちょうどカレーを食べ終える頃に「おかわりはどうですか?」とタイミングよく言われ、お言葉に甘えておかわりまでした。
赤林の食事は外食がほとんどで、一人だとスーパーの惣菜や弁当ですましてしまう。久方振りに味わった手作りの家庭の味は、思った以上に美味だった。
食後のコーヒーまで持ってこられ、テーブルに灰皿を置かれた。食後の一服を燻らしたところで、ふと我に返った。
「あーそういや、おいちゃんはキミに話があるんだった」
「そういえば、そのために来たんでしたね」
隣でお茶を飲んでいる帝人も思い出したように言う。
ハッキリ言って、今更だ。そして赤林も、どーでもいいんじゃないかと思いはじめていた。決してご飯を食べさせてもらったからではない、断じて、多分。
帝人のスーパーで買い物をしている姿や、ちまちまとハムスターのように食事をしている顔を思い出す。悪い人間ではないことは、少し一緒に過ごした赤林にも分かる。というか、初めて会った人間を自分の部屋に通し、あまつさえご飯も食べさせているあたり、人が好すぎるんじゃなかろうか。
「うん、まぁそれはもういいや」
「いいんですか…」
なぜ杏里のいる中学校の付近にいたのかは知らないが、大方気になる女の子でもいたのだろう、と赤林は中りをつける。この少年ならば、杏里と関わっても害もなさそうだ。…もしも害なす存在となった場合は、潰すだけだ。だがそうならないことを、心の片隅で赤林は願った。
その後、ダラダラとテレビを見たりして過ごしていたが、そろそろお暇しようと赤林は重い腰を上げた。
玄関まで見送りに来た帝人に、赤林はその短い黒髪を撫でる。
「おいちゃんが言えたことじゃねぇが、今度からは初対面の人間を簡単に部屋に上げちゃいけねぇよ」
「ふふふ、そうですね」
「じゃあな、竜ヶ峰くん」
「さようなら、赤林さん」
パタンとドアが閉まり、赤林は家路へと踏み出した。マンションから出ると、灯りのついている部屋を見上げる。そこでフッと何かが頭を過ぎった。
そういえば、自分は名乗っていただろうか。なし崩しに一緒に買い物へ行って部屋に上がることとなったが、そういえば己が少年の名前を尋ねたこともなかった。名前を呼ぶ機会もなく、最後の挨拶でつい口にしてしまったが、それに何の違和感もなく少年は応えた。赤林の名を呼んで。
「クックック」
思わず顔を覆って笑ってしまった。つまり彼は知っていたのだ。なぜ赤林が自分に接触してきたのか、その理由も、原因も、すべて。
それを微塵も感じさせぬまま赤林を部屋にあげ、あまつさえ餌付けまでして。たしかにあれは餌付けだった。そして赤林はそれにまんまと嵌ったというわけだ。
だが嫌な感情が湧くことなくなく、何故か爽快感すらある。
「またご相伴にあずかろうかねぇ」
知っていたとしても、赤林に対する帝人に嘘はなかった。色々な人間を見てきた赤林にはそれが分かった。
再び目の前に現れた赤林に、少年はどのような反応をするのだろう。あの幼い風貌を驚きに染めるのか、もしくは笑顔で迎えてくれるのか。どちらにしても心地よい。
機嫌良く歩き出した赤林の横を、黒塗りの車が通り過ぎる。立ち止まって振り返った視線の先で、その車は先ほど赤林が出てきたマンションの中に吸い込まれていった。それを僅かに目を眇めて赤林は見送った。
「まだ、誰のものでもない」
自分の言い聞かせているのか、はたまた此処にいない誰かに向けているのか。言葉だけが空気に溶けた。
作品名:Götterdämmerung 作家名:はつき