別世界へ
俺が他人の価値観に興味を持てないのは昔からで、誰が何を思ってるのとか、
本当にどうでもいいし知りたくも無かった。
今まで生きてて俺と共感し合えるような珍しい奴はいなくて
俺はただ音楽の世界に入り浸り、まっさらな壁に自分の想いをぐちゃぐちゃに
ぶちまける毎日だった。
俺がそんな毎日を送っていようが、どっかの誰かが立派な毎日を送っていようが
関係なく、時間は勝手に進む。
そんな中迎えた、中学一年の春の事だった。
(ああ、うるさい)
様々な人間と個性が行き交う街、渋谷に、13歳の少年、桜庭音操は住んでいた。
普段から学校には行かないネクだが、今日は普段と違う。
先日入学式を終えた中学校は、新しいクラスに馴染むべく戸惑い奮闘する、
様々な声でざわめき立っていた。
新しい友人を探す者や、元から親しい友人と同じクラスになった事を喜ぶ者、
なりふり構わず教壇の上で叫ぶ者もいる。
そんな中ネクは、全ての声に我関せずといった雰囲気で、
ひとり、窓際の席で頬杖をついたしかめっ面で外を眺めていた。
(どいつもこいつもうるさいな。少しは黙れないのか?)
ネクが素っ気ない人間だというのは、今までにネクに関わった事のある人間なら知っている。
それを知らないクラスメイトが、独り佇むネクに声をかけようとする。
「ねえねえ、どっから来たの?」
「………」
「ねえ…?」
「………」
ネクは無反応である。ネクの無反応は最大の自己表現となる。
他人は邪魔で、つるんでも気を使うだけで、ただ傷付くだけ。
そんな関係を引きずるくらいなら、ネクは最初から関わらない。
入学して数週間、ネクは完全に孤立していた。
「桜庭君、冷たい人だから」
「普段何してるかわかんないから、話題もないよ」
「ずっと独りでいて、寂しくないのかな」
ネクにこの声は聞こえていない。聞こえていないが、知っている。
どうせわかり合う事など出来ないのだから、何を言われようがネクは
ネクの世界に入り浸っていた。
そんなネクに、無用心にも近づく人間がいた。
「なあ、なんの音楽聞いてるんだ?」
「………」
ネクは頬杖をついたまま視線だけをその人物に移す。
整った顔立ちは見るからに頭が良さそうで、しわのない制服と
細身の眼鏡は大人受けのいい優等生そうで、人気者で、喧騒と会話の中心にいる、
ネクの最も苦手なタイプだ。
こんな奴とは関わるべきではない。ネクは目線を窓に戻した。
「あらら、シカトか」
だが少年はしつこく聞いてくる。
無反応を示し続けていたネクだったが、とうとうネクは面倒臭くなった。
「別にそんな事お前に言う必要ないだろ…うるさいんだよ」
「いいじゃん。言うだけならタダだぜ?」
(なんだこいつ…!)
ネクはうろたえる。こんなに自身に対してしつこく関わる人間は初めてだった。
ネクは話せば誰とでも仲良くなれると思っている奴が嫌いだった。
「なあなあ、何聴いてんだって」
(しつこいな…)
ネクは視線を合わさず重い口を開いた。
「……CAT」
そっぽを向きながら答えたネクにはわからなかったが、話しかけてきた少年の目が輝いた。
「CAT!?俺も好きだよ、CA」
「ねえねえ!こっち来て!!」
言い終わる前に、別のクラスメイトに呼ばれた少年は「…あ、ああ」ともらし
すまん、と小声で囁きながらネクの前から去っていった。
(ようやく静かになった)
と、ネクは去った少年を見る事さえせずに、前屈みになり眠りについた。
その後の一日は、静寂に包まれる授業と、たくさんの声で溢れる休み時間の繰返しだった。
休み時間の度に、先ほどの少年がクラスメイトに囲まれた中からネクに対して
アイコンタクトをして手招きをするのだが、その度にネクはそっぽを向いた。
学校が終わり、ネクは誰にも関わる事なく足早に家路についた。
窮屈な制服から、お気に入りの服に着替えて渋谷の街へと繰り出した。
人の声はうるさいし、耳障りだが、渋谷にいれば自然とCATブランドが目に入ってくる。
ネクはそれが好きで、特に目的も無いままに歩いた。
坂を上り、下り、大通りから路地へ、路地から大通りへ、大通りからガード下へ。
そしてネクは立ち止まる。
渋谷の壁グラの前で必ず立ち止まる。
ひとつひとつ、誰が描いたかも知れないアートを、目に焼き付けた。
(違う。何かが足りないんだ)
そしてそのアートに欠けるものをふと第六感のように感じる。
これも、あれも、何かが足りない。自分にとっての最高のGraffitiを探す。
ネクが自分のヘッドフォンからの音楽も忘れかけたその時、
「よお」
と、不意に声がかかり、ネクは半ば強制的に渋谷の喧騒に引き戻された。
振り向いた先には、新しいクラスでネクに話しかけた変人の少年。
ただその服装は制服とは違い、ジュピターオブザモンキーで固められた、
ブルーが眩しいストリートスタイル。
栗色の癖毛にサンバイザーをつけて、眼鏡の奥のあまりにも黒い瞳がネクを見る。
スニーカーは使い古され、所々色が抜けている。
だらけたリュックは最低限の物しか入っていないような軽さを感じさせる。
サンバイザーに寄り添うバッジはもはや傷だらけである。
制服で塗りつぶされた彼の「個性」が、今、否応なくその出で立ちに表れていた。
軽快な服装と軽快な足取りで、少年はネクに近付く。
「壁グラ、好きなのか?」
「……」
「ん?おーい。またシカトか?」
ネクは呆気に取られていた。
彼の思想、個性、人格を、ブランドによって一気に叩きつけられたような衝撃を
受けていた。
学校にいる時のような優等生で人気者、という殻を外し、
自由を好み奔放に生きる彼の本質が見えた。
「おーい?」
「あっ、な、何だよ」
ネクはどもりながら応える。
「お、反応早いな。壁グラ好きなのか?って聞いてんのー」
「あ、ああ…」
少年はやっぱりな、という笑みを浮かべて話しかける。
壁グラに軽く右手を添えているネクに対して、少年は壁グラに左手を添えて寄りかかる。
「あとさ、学校でCATも好きだって言ってたよな?」
「…そうだけど」
「じゃあさ、ちょっと来いよ。いい場所教えてやるよ」
(なんかついて来たけど…ここって宇田川町?)
無言で歩く少年ふたり。
ネクは何故この少年について来てしまったのかを考えていた。
彼は、他の奴らよりも何かが違う雰囲気をたたえている。
何故か話を聞いてしまう、不思議な魅力を持っている。
それこそCATのような。
先導する少年のあとを、ネクは怪訝な表情でついていく。
「あ」
「おわあ!?」
急に少年が立ち止まり、ネクは危うくぶつかりそうになる。
しかも階段を降り始めるという時で、ネクは心底驚く。
階段の一番上で少年はくるりと振り返る。
「俺、律。『旋律』のリツ。お前は?」
「えっ、あ……。…ネク」
「漢字は?」
「音を…操る。それで、音操」
「へぇ、カッコいいな。俺とお似合いだな」
本当にどうでもいいし知りたくも無かった。
今まで生きてて俺と共感し合えるような珍しい奴はいなくて
俺はただ音楽の世界に入り浸り、まっさらな壁に自分の想いをぐちゃぐちゃに
ぶちまける毎日だった。
俺がそんな毎日を送っていようが、どっかの誰かが立派な毎日を送っていようが
関係なく、時間は勝手に進む。
そんな中迎えた、中学一年の春の事だった。
(ああ、うるさい)
様々な人間と個性が行き交う街、渋谷に、13歳の少年、桜庭音操は住んでいた。
普段から学校には行かないネクだが、今日は普段と違う。
先日入学式を終えた中学校は、新しいクラスに馴染むべく戸惑い奮闘する、
様々な声でざわめき立っていた。
新しい友人を探す者や、元から親しい友人と同じクラスになった事を喜ぶ者、
なりふり構わず教壇の上で叫ぶ者もいる。
そんな中ネクは、全ての声に我関せずといった雰囲気で、
ひとり、窓際の席で頬杖をついたしかめっ面で外を眺めていた。
(どいつもこいつもうるさいな。少しは黙れないのか?)
ネクが素っ気ない人間だというのは、今までにネクに関わった事のある人間なら知っている。
それを知らないクラスメイトが、独り佇むネクに声をかけようとする。
「ねえねえ、どっから来たの?」
「………」
「ねえ…?」
「………」
ネクは無反応である。ネクの無反応は最大の自己表現となる。
他人は邪魔で、つるんでも気を使うだけで、ただ傷付くだけ。
そんな関係を引きずるくらいなら、ネクは最初から関わらない。
入学して数週間、ネクは完全に孤立していた。
「桜庭君、冷たい人だから」
「普段何してるかわかんないから、話題もないよ」
「ずっと独りでいて、寂しくないのかな」
ネクにこの声は聞こえていない。聞こえていないが、知っている。
どうせわかり合う事など出来ないのだから、何を言われようがネクは
ネクの世界に入り浸っていた。
そんなネクに、無用心にも近づく人間がいた。
「なあ、なんの音楽聞いてるんだ?」
「………」
ネクは頬杖をついたまま視線だけをその人物に移す。
整った顔立ちは見るからに頭が良さそうで、しわのない制服と
細身の眼鏡は大人受けのいい優等生そうで、人気者で、喧騒と会話の中心にいる、
ネクの最も苦手なタイプだ。
こんな奴とは関わるべきではない。ネクは目線を窓に戻した。
「あらら、シカトか」
だが少年はしつこく聞いてくる。
無反応を示し続けていたネクだったが、とうとうネクは面倒臭くなった。
「別にそんな事お前に言う必要ないだろ…うるさいんだよ」
「いいじゃん。言うだけならタダだぜ?」
(なんだこいつ…!)
ネクはうろたえる。こんなに自身に対してしつこく関わる人間は初めてだった。
ネクは話せば誰とでも仲良くなれると思っている奴が嫌いだった。
「なあなあ、何聴いてんだって」
(しつこいな…)
ネクは視線を合わさず重い口を開いた。
「……CAT」
そっぽを向きながら答えたネクにはわからなかったが、話しかけてきた少年の目が輝いた。
「CAT!?俺も好きだよ、CA」
「ねえねえ!こっち来て!!」
言い終わる前に、別のクラスメイトに呼ばれた少年は「…あ、ああ」ともらし
すまん、と小声で囁きながらネクの前から去っていった。
(ようやく静かになった)
と、ネクは去った少年を見る事さえせずに、前屈みになり眠りについた。
その後の一日は、静寂に包まれる授業と、たくさんの声で溢れる休み時間の繰返しだった。
休み時間の度に、先ほどの少年がクラスメイトに囲まれた中からネクに対して
アイコンタクトをして手招きをするのだが、その度にネクはそっぽを向いた。
学校が終わり、ネクは誰にも関わる事なく足早に家路についた。
窮屈な制服から、お気に入りの服に着替えて渋谷の街へと繰り出した。
人の声はうるさいし、耳障りだが、渋谷にいれば自然とCATブランドが目に入ってくる。
ネクはそれが好きで、特に目的も無いままに歩いた。
坂を上り、下り、大通りから路地へ、路地から大通りへ、大通りからガード下へ。
そしてネクは立ち止まる。
渋谷の壁グラの前で必ず立ち止まる。
ひとつひとつ、誰が描いたかも知れないアートを、目に焼き付けた。
(違う。何かが足りないんだ)
そしてそのアートに欠けるものをふと第六感のように感じる。
これも、あれも、何かが足りない。自分にとっての最高のGraffitiを探す。
ネクが自分のヘッドフォンからの音楽も忘れかけたその時、
「よお」
と、不意に声がかかり、ネクは半ば強制的に渋谷の喧騒に引き戻された。
振り向いた先には、新しいクラスでネクに話しかけた変人の少年。
ただその服装は制服とは違い、ジュピターオブザモンキーで固められた、
ブルーが眩しいストリートスタイル。
栗色の癖毛にサンバイザーをつけて、眼鏡の奥のあまりにも黒い瞳がネクを見る。
スニーカーは使い古され、所々色が抜けている。
だらけたリュックは最低限の物しか入っていないような軽さを感じさせる。
サンバイザーに寄り添うバッジはもはや傷だらけである。
制服で塗りつぶされた彼の「個性」が、今、否応なくその出で立ちに表れていた。
軽快な服装と軽快な足取りで、少年はネクに近付く。
「壁グラ、好きなのか?」
「……」
「ん?おーい。またシカトか?」
ネクは呆気に取られていた。
彼の思想、個性、人格を、ブランドによって一気に叩きつけられたような衝撃を
受けていた。
学校にいる時のような優等生で人気者、という殻を外し、
自由を好み奔放に生きる彼の本質が見えた。
「おーい?」
「あっ、な、何だよ」
ネクはどもりながら応える。
「お、反応早いな。壁グラ好きなのか?って聞いてんのー」
「あ、ああ…」
少年はやっぱりな、という笑みを浮かべて話しかける。
壁グラに軽く右手を添えているネクに対して、少年は壁グラに左手を添えて寄りかかる。
「あとさ、学校でCATも好きだって言ってたよな?」
「…そうだけど」
「じゃあさ、ちょっと来いよ。いい場所教えてやるよ」
(なんかついて来たけど…ここって宇田川町?)
無言で歩く少年ふたり。
ネクは何故この少年について来てしまったのかを考えていた。
彼は、他の奴らよりも何かが違う雰囲気をたたえている。
何故か話を聞いてしまう、不思議な魅力を持っている。
それこそCATのような。
先導する少年のあとを、ネクは怪訝な表情でついていく。
「あ」
「おわあ!?」
急に少年が立ち止まり、ネクは危うくぶつかりそうになる。
しかも階段を降り始めるという時で、ネクは心底驚く。
階段の一番上で少年はくるりと振り返る。
「俺、律。『旋律』のリツ。お前は?」
「えっ、あ……。…ネク」
「漢字は?」
「音を…操る。それで、音操」
「へぇ、カッコいいな。俺とお似合いだな」