僕は起きているよ
自分たちが全く罪の無い子どもだと、アウルは到底言い切ることができない。
無知で無力であることが、時にどれほどの重荷となって人を苦しめるか、彼はその事実を知っていたから。
アウルはチームメイトのステラが嫌いだ。大嫌いだ。
どれほど嫌いなのか、周りの人間たちが皆理解できるように言って回ることもできたが、アウルはそれをしない。面倒くさいのだ。正直に言えば、アウルは自分自身、一人分だけの存在が生き残れるように励むだけの力を、与えられてこの世に生まれてきた。言ってしまえば、人の面倒なんか見ていられない。
ただ、今一度それがどれほどのレベルのもので、どれほどの影響を彼に及ぼすかということのみに着眼してみれば、アウルは自分が彼女に対してかなり不遜、しかもつっけんどんで攻撃的になっていることを意識せざるをえなかった。
たとえば、ステラが黙々と彼の後ろを歩くとき、アウルは突然振り返って彼女を突き飛ばしてしまいたくなる。固い質感の壁にその細い身体を打ち付け、反応の鈍いその濁った瞳を殴りつけてでも、彼女に何か……それはたとえ泣き声であっても、抗う叫びであってもかまわない……を言わせたくて仕方ない衝動に駆られるのだ。アウルは自分が生まれながらにして多少排他的なきらいがあることをよく理解していたが、だからといってそれが常に暴力的な思考であるとは思っていない。ただ、それがどうしたことか、あの金髪のか弱い少女を目にするとき、自分の胸の内の最も暗くよどんだ場所、開けただだっ広い何かの力が、アウルという一人の少年の心を鷲掴みにして、彼女を攻撃させようとするのを感じてしまう。
今だってそうだ。今だって、たった今この瞬間、寸分の乱れもなく刻まれる、彼女のゆっくりとした軽い靴音が、彼の後ろに響き渡っている。ななめ前には彼のもう一人のチームメイト……アウルは正直このスティングという少年が気になって仕方なかったが、それはもしかすると彼に大きな好意を抱いているということにもなのかもしれない……がやはり後ろを気にしながら、合わせるようにゆっくりとした歩調で歩いている。アウルはただ、ステラが自分の後ろで大人しく2人についてきていることにいらいらと内心首を振りながら、今にも振り上げてしまいたい腕を押さえつけ、必死に自分の好意を理論的に分析しようと努力していた。
自分は果たして、あの少女をいたぶりたいのか。いや、そうではないような気がする。
自分は果たして、あの少女を殺してしまいたいのか。いや、そうではないような気がするのだ。
たとえば、自分の欲望が最も完全な形で達成されたケース――ステラが殺されてしまった場合を考えてみよう。アウルはスティングと2人きりの生活を受け入れるか、喜ぶのか。そう自分に問い返してみれば、必ずしもそうとは言い切れないのである。
「ステラ、遅れるなよ」
ふと、スティングがこのように優しく聞こえる言葉を(しかし、それは確かに中身まですっかり優しい成分で構成されているのだろう)ステラにかけて、それにステラがたどたどしくうん、と答えるのを聞くと、アウルはうなりながら彼女に皮肉の一つでも言ってやりたいような気分がする。何がうん、だよこのノロマ、お前のせいで遅れてんだよ。さっさと歩けよ、さっさとさ!そんな悪意をむき出しにした口調で、怒鳴りつけてやりたくなる。でもそれをすればスティングがうわべだけでも怒るのを彼は知っていたし、何もかもが表面上のうすっぺらい物質でしかないこの世界で、スティングさえ失ってしまうのは悔しい気もするので、アウルは口を閉じたままだ。
ステラの、靴音のリズムは乱れない。こつこつと、スティングやアウルのものとは少しずれながらも、一生懸命についてくる。
いつもそうだ、彼女はスティングやアウルが行くところなら、どこにでもついていく。その先に何があるのか、どんなことが待ち受けているのか、考えようとはしない。思えば、そうした彼女の無知な様子にいらついているのかもしれないし、しかし、アウルはその結論さえもしっくりこないことに気がついてしまうのだ。
ステラは自分たちについて、一体どこへ行くつもりなのだろう。そこは地獄だろうか。いや、光すら見えない、宇宙の闇の世界かもしれない。そんな場所へ、彼女は一体何をしに行こうというのだろう。
そんなことをふと考えて……しかしステラのことばかり考えるのも癪ではある……アウルは、同じように自分の欲望はどこへたどりつこうとしているのか、という疑問に突き当たった。アウルはステラをめちゃくちゃにしてやりたいといつも思っているが、結局それは何のためなのだろう。深く、深く考えてみろ。深淵には、どんな世界が広がっているのかを。
夜の帳が落ち(とは言っても宇宙は真っ暗闇なので、それは時間で把握するだけのものだったが)、眠りに落ちる間際、アウルはスティングの部屋に行く。結局眠りそうになれば、スティングに催促されて自分の場所へ戻りはするが、何となく一人で眠りたくないような気がして、彼はいつもスティングのものであるはずの場所に居座ってしまう。寂しいわけじゃない、そんな恥ずかしい理由じゃない、ただきっと僕には何かそうできない無視できない深い理由のようなそんなものがあって、こんな行動に及んでしまうんだきっとそうだ。そうさきっとスティングじゃなくたって誰だっていい、ただ僕は何となく心がざわざわしてしょうがなくなるし明日の任務に支障が出るかもしれないだろ、だから仕方なくお前のところに来るだけだ。そんなとき、スティングはそう言わんばかりにむくれた表情を浮かべるアウルを責めようともせずに、しかたないという表情を浮かべて、彼の意識が眠りに向かうまで、本を読んだり黙って自分の作業をしている。その場にステラがいることも日常の一つだった。そして、やっぱりアウルはそれが気に入らない(だって考えてもみろ、彼女が自分と同じ理由でスティングの部屋に来ているのかもしれないと思うだけでぞっとする!)。
「ステラ、瞼が落ちてる。そろそろ部屋に戻れ」
ステラが眠くなった頃、スティングはきまって、親が子どもに言うような口調でこう声をかける。こんなときのステラはスティングの操り人形みたいだ。左に行けば、と言えば左に行くし、同じように右だと言えば右に行く。太陽が冷たいとでも言い出すくらいの放心ぶりなのだ。アウルはそのことも気に入らない。第一、ステラがアウルよりも早く眠たくなるとき、まるで2人で1セットのように、まだ眠たくないアウルまで部屋に帰されてしまう。そんな風にステラが優先されてしまうのは気に障ったし、第一まだ眠たくないのに、何もないあの部屋に帰されてしまうのはひどく心細いような気がした。
「アウルもだ。明日は早いしな」
そう言って、スティングはアウルの気持ちを無視してしまうような優しい残酷さで、彼を帰してしまう。あの無機質な空間で、一人眠れと言い渡す。
無知で無力であることが、時にどれほどの重荷となって人を苦しめるか、彼はその事実を知っていたから。
アウルはチームメイトのステラが嫌いだ。大嫌いだ。
どれほど嫌いなのか、周りの人間たちが皆理解できるように言って回ることもできたが、アウルはそれをしない。面倒くさいのだ。正直に言えば、アウルは自分自身、一人分だけの存在が生き残れるように励むだけの力を、与えられてこの世に生まれてきた。言ってしまえば、人の面倒なんか見ていられない。
ただ、今一度それがどれほどのレベルのもので、どれほどの影響を彼に及ぼすかということのみに着眼してみれば、アウルは自分が彼女に対してかなり不遜、しかもつっけんどんで攻撃的になっていることを意識せざるをえなかった。
たとえば、ステラが黙々と彼の後ろを歩くとき、アウルは突然振り返って彼女を突き飛ばしてしまいたくなる。固い質感の壁にその細い身体を打ち付け、反応の鈍いその濁った瞳を殴りつけてでも、彼女に何か……それはたとえ泣き声であっても、抗う叫びであってもかまわない……を言わせたくて仕方ない衝動に駆られるのだ。アウルは自分が生まれながらにして多少排他的なきらいがあることをよく理解していたが、だからといってそれが常に暴力的な思考であるとは思っていない。ただ、それがどうしたことか、あの金髪のか弱い少女を目にするとき、自分の胸の内の最も暗くよどんだ場所、開けただだっ広い何かの力が、アウルという一人の少年の心を鷲掴みにして、彼女を攻撃させようとするのを感じてしまう。
今だってそうだ。今だって、たった今この瞬間、寸分の乱れもなく刻まれる、彼女のゆっくりとした軽い靴音が、彼の後ろに響き渡っている。ななめ前には彼のもう一人のチームメイト……アウルは正直このスティングという少年が気になって仕方なかったが、それはもしかすると彼に大きな好意を抱いているということにもなのかもしれない……がやはり後ろを気にしながら、合わせるようにゆっくりとした歩調で歩いている。アウルはただ、ステラが自分の後ろで大人しく2人についてきていることにいらいらと内心首を振りながら、今にも振り上げてしまいたい腕を押さえつけ、必死に自分の好意を理論的に分析しようと努力していた。
自分は果たして、あの少女をいたぶりたいのか。いや、そうではないような気がする。
自分は果たして、あの少女を殺してしまいたいのか。いや、そうではないような気がするのだ。
たとえば、自分の欲望が最も完全な形で達成されたケース――ステラが殺されてしまった場合を考えてみよう。アウルはスティングと2人きりの生活を受け入れるか、喜ぶのか。そう自分に問い返してみれば、必ずしもそうとは言い切れないのである。
「ステラ、遅れるなよ」
ふと、スティングがこのように優しく聞こえる言葉を(しかし、それは確かに中身まですっかり優しい成分で構成されているのだろう)ステラにかけて、それにステラがたどたどしくうん、と答えるのを聞くと、アウルはうなりながら彼女に皮肉の一つでも言ってやりたいような気分がする。何がうん、だよこのノロマ、お前のせいで遅れてんだよ。さっさと歩けよ、さっさとさ!そんな悪意をむき出しにした口調で、怒鳴りつけてやりたくなる。でもそれをすればスティングがうわべだけでも怒るのを彼は知っていたし、何もかもが表面上のうすっぺらい物質でしかないこの世界で、スティングさえ失ってしまうのは悔しい気もするので、アウルは口を閉じたままだ。
ステラの、靴音のリズムは乱れない。こつこつと、スティングやアウルのものとは少しずれながらも、一生懸命についてくる。
いつもそうだ、彼女はスティングやアウルが行くところなら、どこにでもついていく。その先に何があるのか、どんなことが待ち受けているのか、考えようとはしない。思えば、そうした彼女の無知な様子にいらついているのかもしれないし、しかし、アウルはその結論さえもしっくりこないことに気がついてしまうのだ。
ステラは自分たちについて、一体どこへ行くつもりなのだろう。そこは地獄だろうか。いや、光すら見えない、宇宙の闇の世界かもしれない。そんな場所へ、彼女は一体何をしに行こうというのだろう。
そんなことをふと考えて……しかしステラのことばかり考えるのも癪ではある……アウルは、同じように自分の欲望はどこへたどりつこうとしているのか、という疑問に突き当たった。アウルはステラをめちゃくちゃにしてやりたいといつも思っているが、結局それは何のためなのだろう。深く、深く考えてみろ。深淵には、どんな世界が広がっているのかを。
夜の帳が落ち(とは言っても宇宙は真っ暗闇なので、それは時間で把握するだけのものだったが)、眠りに落ちる間際、アウルはスティングの部屋に行く。結局眠りそうになれば、スティングに催促されて自分の場所へ戻りはするが、何となく一人で眠りたくないような気がして、彼はいつもスティングのものであるはずの場所に居座ってしまう。寂しいわけじゃない、そんな恥ずかしい理由じゃない、ただきっと僕には何かそうできない無視できない深い理由のようなそんなものがあって、こんな行動に及んでしまうんだきっとそうだ。そうさきっとスティングじゃなくたって誰だっていい、ただ僕は何となく心がざわざわしてしょうがなくなるし明日の任務に支障が出るかもしれないだろ、だから仕方なくお前のところに来るだけだ。そんなとき、スティングはそう言わんばかりにむくれた表情を浮かべるアウルを責めようともせずに、しかたないという表情を浮かべて、彼の意識が眠りに向かうまで、本を読んだり黙って自分の作業をしている。その場にステラがいることも日常の一つだった。そして、やっぱりアウルはそれが気に入らない(だって考えてもみろ、彼女が自分と同じ理由でスティングの部屋に来ているのかもしれないと思うだけでぞっとする!)。
「ステラ、瞼が落ちてる。そろそろ部屋に戻れ」
ステラが眠くなった頃、スティングはきまって、親が子どもに言うような口調でこう声をかける。こんなときのステラはスティングの操り人形みたいだ。左に行けば、と言えば左に行くし、同じように右だと言えば右に行く。太陽が冷たいとでも言い出すくらいの放心ぶりなのだ。アウルはそのことも気に入らない。第一、ステラがアウルよりも早く眠たくなるとき、まるで2人で1セットのように、まだ眠たくないアウルまで部屋に帰されてしまう。そんな風にステラが優先されてしまうのは気に障ったし、第一まだ眠たくないのに、何もないあの部屋に帰されてしまうのはひどく心細いような気がした。
「アウルもだ。明日は早いしな」
そう言って、スティングはアウルの気持ちを無視してしまうような優しい残酷さで、彼を帰してしまう。あの無機質な空間で、一人眠れと言い渡す。