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子守唄を忘れない

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スティング、ふいにそう漏れた声が自分でも奇妙に思うほど上擦っていて、アウルは嗚呼、気持ち悪いと寝返りを打った。
隣を見ると、確かに寝苦しかったのは、自分の首にまとわりついたままこうして熟睡しているステラのせいだと分かって、なおさら不快な気分になる。それなのに、何かまた一人で作業をしていたらしく、アウルの方を振り返りながらどうした、と尋ねてくるスティングの声が温かくて、薄暗い部屋にともるデスク上の明かりが、普段とは見違えるほど力強く輝いているように見えた。
早く、早く来てと、両手を伸ばしてそう催促したいけれど、何かがつかえたような気がして、声すらも出ない。とにかく全身の毛が逆立ったほどに気味が悪くて、アウルは照明のせいか、青白くさえ見える両手で腹を抱きしめると、そのまま小さく丸くうずくまった。
「嫌な夢でも見たか」
そう言いながら、何やらキーボードをせわしなく叩く音がしているのは、スティングがパソコンの電源を切ってこちらに来てくれるつもりだからなのだろう。アウルの方から、何か明確な呼びかけが無くとも……たとえば、それは泣き声だったり悲鳴だったり……彼は当たり前のように心配をしてやって来る。
結局いらないものを全て捨て去って、それを後ろに振り返りながら前に一歩踏み出すとき、一番そのことを悔いてしまうのはこうした時のことじゃないかとアウルは考えた。寝ている子どもが不安に思うとき、何も聞かずに側に来てくれる人がいてくれて良かった。スティングのためなら、自分はいつだって幼気な子どもを演じてみせるのだし、ステラのために些細な意地悪をして可愛がってやるのも造作ない。イミテーションのように上っ面だけのものでも、イミテーションにはそれだけの価値と美しさがあることを彼は知っている。
「スティー……ング」
わざと名前を引き延ばして手を軽く掲げると、はいはい、と迷惑そうな……それでもまんざらでもなさそうな所が、スティングの一番心優しい部分だとアウルは知っている……顔をして、彼が素直にやってくる。ベッドの上に腰掛けて、上から見下ろすように2人を見るのは彼の直しようもない癖だ。他の奴がやれば心底苛つくくせに、どうしてスティングが大きいのは許せるのか、アウルはいつも不思議だった。むしろスティングは大きければ大きいほど良いのだ。立ちはだかって、壁となって、大丈夫だと笑いながら、背に自分たちをかばえるぐらいにまでなれば、アウルはきっと自分が安心して死ねるだろうと考えている。
けれども、それはひどく残酷な願いだ。
彼を置いて逝ってしまうなんて。
アウルは、暗闇に飲み込まれる自分の亡骸を想像して、どうした、と眉をあげるスティングの制服に手を伸ばした。
彼を置いて逝ってしまうなんて。
悪魔のように意地が悪い自分でも、隣の少女が死ねば、きっと泣いてやれるだろう。
「寝汗かいたな」
気持ちが悪くないか、と問われて、額に張り付いた髪をすかれながら、アウルはうん、気持ちが悪いと頷いた。でも、着替えたいとは思わない。着替えようと身を起こせば、隣にくっついたまま両手を広げて眠るステラの目を覚ましてしまいそうな気がしたし、そんな気力も無いほどだるいのだと言ってしまえば、本当にそれまでだった。いずれにしろ、スティングがどうするかは、アウルがどう思っていようと関係はないのだ。どう思っていようと、どこにいようと、そして突き詰めてしまえば、アウルが誰であろうと構わない。アウルはそんな一途なスティングをひどく可愛そうな奴だと思ったし、これからもその評価が変わりそうには無かった。何しろ、あの面倒なステラのことでさえ、手放しで受け入れるのだからただ者じゃない。気が付かない内にサインされた契約を、忠実に守るように、いつまでもいつまでも2人を見守り続けている。
アウルはつかんだスティングの制服から手を離して、かわりに伸ばされたその指先を握りしめた。
ステラの腕は離れないし、汗に濡れた肌が触れ合うのは非常に不快だった。ひとまず彼女が離れてくれれば万事うまくいくような気がするのに、そんなことすら煩わしいのは、とどのつまり、自分が彼女に好意を感じているからだ。それを今さら癪にも思わないのは、自分が相当疲れているんだろうとアウルは嘆息した。
「スティング」
うん、と語尾を上げて、柔和な目をしたスティングが、汗ばんだアウルの手を握り返して首を傾げる。
「スティング」
柔和な光が苦笑にかわり、はいはい、とスティングはもう一度返事を返した。
その間が嬉しい。実は嬉しくて仕方がない。返事が返ってくることを知っているなら、結局返事が返ってこなくとも構いやしないのだ。欲しいものを前に、目を輝かせてばかりいたあの時代こそが、人生の中で最も満ち足りた頃だったのだとアウルには自信を持って言える。
なあ、と声を上げると、スティングが手を伸ばして、ステラの髪をすいてやる様子がスローモーションで見えた。
「ステラも、汗かいてるな」
言わなくては、という感がある。
焦ることすら馬鹿馬鹿しいのに、いつまでも愛おしい彼に、必ず言わなくてはという思いがした。
忘れない内に、忘れない内に。
まるで呪文のような、呪いの言葉ではあるけれども。
「こんな馬鹿のことでも。忘れるのは、僕は怖いよ」
真横にあるステラの頭をそっと押しやりながら、そんな風に思い切って口に出してみると、明かりを背にしてかがみこんだスティングが、ちらと笑ったような気がした。仕方がないなあとあきれ果てるのでもなく、くだらない奴だと嘲笑うのでもなくて、まるで、嘘でもまるでアウルを愛しているかのように、目を細めて笑うのだ。そうして、次にきまってその手を伸ばして、苦しみなど捨てなさいと額を覆ってくれる。お前の悲しみなど、ちっぽけなものも、大いなるものも、全てお前を害するのなら綺麗に捨ててしまえと、優しくそう叱りながら。
染み通るような温もりを皮膚の先に覚えて、アウルは何か生温いものが頬を伝い落ちていくのを感じた。
「馬鹿の、ことじゃなくたって僕は。失うのは、怖いんだ」
しょうがない。
しょうがないんだって、僕は思うのに。
大人だって泣くのに、子どもだけ責められたのじゃ割になんて合わない。
握りしめた指先が、嘘だなんて幕引きは心臓に悪くて。
「無くしていくのは、怖いんだよ」
それはスティングのことだって同じで、と言いかけると、分かっているさと肩をすくめて、大きな人はおかしそうな顔をする。アウルは未来が恐ろしかった。たとえば奇妙な干渉を受けて、脳内の全ての記憶の箱から、こんな風に笑う彼の顔がそっくり奪われてしまうのだとしたら。彼のことだけじゃなくて、この腹立たしい隣の少女の髪の匂いさえも忘れてしまうのだとしたら。でも、でもアウルは昔から知っているのだ。海が、生まれて死んだ全ての生き物の名をそらで言えるように、全てが死に絶えても、彼の身体が、細胞が、きっとそのことを忘れられずに覚え続けていられるのだということを。
「だから寂しいんだって、僕は」
作品名:子守唄を忘れない 作家名:keico