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子守唄を忘れない

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いかないでよ、そうつぶやくと、とたん鼻の奥が痛んで、どうしようもなく悲しい心地がした。困ったように頭を撫でるスティングの手も、何度払いのけても懲りずに寄り添ってくるステラの肩も、いつかこの身が塵となってどこかに飲み込まれるまで、細胞の中に蓄積されて残っていくのだ。記憶としては残らないのに、その致し方ないずれが気持ち悪くて、思い出せずにいた吐き気が蘇ってくるような気さえする。アウルは一度だけせき込むと、涙が瞳の中に流れ込む前にその目を閉じた。
「いつだってきっと、寂しいんだ」
現実が悪い夢であればいいと望む自分と、この現実こそが自分にとっての幸福であるとする自分がいつも怒鳴り合いをしていて……でもきまって2人は罵り合いながら大声で泣いている……掴みようのない場所の狭間で、ゆらりゆらりと立ちすくんでいる自分の姿が哀れで仕方ない。言葉では到底言い表せられない黒々とした何かが、大きな大きな手を伸ばしてアウルのことをいつも探し続けている。これは「子どもの不安」だ、アウルは最初からその名前を知っていたが、言い出すことすらはばかられて、恐ろしくて、とてもじゃないがスティングに言い出すことはできなかった。「子どもの不安」はその子どもにしかわからないが、何故だかスティングにはわかっているという、ぼんやりとした確信もあったし。
「2人が好きだから」
僕は寂しいんだ、そう泣くと、スティングは困っている、というよりは切ないような顔をして。そうして、その両手を伸ばすと、反射的に手を伸ばしたアウルとステラとを同時に抱き寄せた。
「知ってるさ」
押し殺された嗚咽に耳を寄せながら、大きな大きな、でも黒々としてなどいない手が、アウルの頭を何度も撫でる。キスをしてよとねだる小さな子どもが、愚かなわけじゃないんだ。アウルは大声で泣き叫びたかった。誰もかもいつだって寂しいのに、それを言い出せなくて、言い出せなくて、でも子どもだから胸に押し込めたままでいることもできない。ただ目が覚めたときに誰かいないのは恐ろしくて。それが日常のワンシーンであっても、死後の世界における裁きの場であっても、ただ目が覚めたときに、手を握りしめて、背中を追いながら、必死に呼びかけていいはずの誰かがいないのは恐ろしくて。
アウルは黒々としたあの大きな手を思い浮かべて、スティング、とか細い悲鳴を上げた。
「いかないで」
道を歩くとき、両脇に2人の姿がないでは済まされない。もはやスティングもステラもいない事実を、細胞が拒否するまでにアウルは臆病だった。側で身じろぎをするステラにしがみつくと、当たり前のように棒きれのような細い腕が首に回される。温もりが無いのはつらい。2人がいないのはつらい。たとえその記憶が奪われても、細胞はきっと忘れ去られたはずの存在を死ぬまで求め続けるのに。
そばにいて、そうつぶやくと、眠っていたはずのステラが、微睡んだままうん、と頷いたのが聞こえた。
「いかないさ」
そう囁いたスティングの声は、望遠鏡を通して覗き込んだ、そんな星の光よりもはるかに静かな響きを帯びていて……アウルはふと、彼だって、そしてステラだって、自分を失うのは恐ろしいんだと実感した。実感を持って理解した。ここは臆病者たちの庭で、3人が3人とも、いつどうやって互いに優しくできるのか目を光らせている。抱き寄せて、キスをして、その名前を呼びながら、みんながみんな孤独から逃れようとして。 
「俺だって、お前らのことが好きなんだ」
スティング、と呼びかけると、また目を細めて彼が笑うのが見えた。嘘でもなく、錯覚でもなく、彼はアウルを愛していたし、アウルにとってもそれは変わらない。ステラも混ざればいいのに、とアウルは眠ったままの彼女に対して舌打ちでもしてやりたいような気分だった。
「スティング」
細胞が、今音を立てながらこの幸福を記憶している。
泣きながら目覚めるアウルをなだめながら、彼の大切なものを覚えていようとその体内に全てを抱え込む。
嗚呼、大丈夫だ。
きっと、僕は大丈夫だ。
「スティング」
目を閉じると、最後の涙が頬を流れ落ちる。
アウルはステラとスティングを抱きしめて、大丈夫だと囁いた。
「スティング」
3人で聞いた子守唄を、たとえ遂には思い出せなくとも。
この細胞が、その一つ一つが、その懐かしい旋律を永遠に歌い続けるのだから。
「僕が寂しいのは」
温もりを知っている、優しいその言葉も、笑顔も、寝息のリズムさえ、こうして刻みつけているのだ。
それ自体を失うよりも、血に濡れたその形代を抱くよりは速く、どことも知れないその場所で、先に手を振って待っている方がいいような気もするけれど。
それはきっと未来の話。最悪なエンドの、未来の話。
僕の記憶は生きている。
永遠に生きている。
「僕がきっと、幸せなせいなンだよな……?」
だから、この身が奈落の底で朽ちたとしても。
この細胞に耳を傾け、どうかあの子守唄を聴いてくれ。
作品名:子守唄を忘れない 作家名:keico