その手に大空の輝きを 1
その手に大空の輝きを 《ザンザス編》
はじめてあいつを見たとき。
――――ジジィも物好きだと思った。
オレが暗殺部隊に入ってすぐの頃。あいつは屋敷にやってきた。
腕も、足も、握りしめれば簡単に折れそうな、貧相なジャッポーネの子供(ガキ)。
親を事故で亡くしたとかで、親父が屋敷に引きとってきたのだった。
女に困るわけでもないだろうに、なにもそんなチンケな小娘を屋敷に囲うことはないだろうが―――物好きな。
そんな思いとはことなり、九代目はその小娘に家庭教師をつけ、屋敷の別棟に住まわせた。
小娘にもボンゴレ直系の血は流れているらしかったが、正統後継者の座にあったオレにはなんの驚異にもなりえない。
なにせ相手は脆弱な子供なのだから。
それだけのことで、それきりオレの興味も失せた。
あれから数年、ヴァリアーで戦闘に明け暮れ、オレは着実に力をつけていった。
力こそがすべて。この世界の鉄則。力をもつものがすべてを支配する。
ゆえに、ボンゴレは最強でなければならない。それだけが揺るがぬ真実。
同時に手足となる駒も集まってきた。
ウザイことこの上ないが、カスやレヴィ、ベル、ルッスーリア、マーモン、モスカ。
今のところ使えるやつらはこんなものだが。
いずれ、十代目の座を手に入れたときには、こんなものじゃない。
最強のボンゴレを。最強の力を手に入れるのだ。
――――それも、そう遠くない先に。
* * * * * * * * * * * * * * * *
いまだ朝露の香る早朝。ボンゴレ本部の屋敷にツナヨシの悲鳴が響き渡った。
あわててツナヨシの部屋へ駆けつける家庭教師と側近たちの腕をかいくぐり、ツナヨシは回廊を駆け抜ける。
薄い夜着のまま飛び出すツナヨシにぎょっと驚きながらも、あわてて彼らは後を追ったのだった。
「九代目!!九代目!!まって、待ってください。行かないで」
「ツナヨシ!どうしたんだね?こんな朝早くに。おまけにそんな格好で」
ふりかえった九代目に飛び込んだツナヨシは息をきらして泣きじゃくる。
「お願い!!行かないで。今日だけは行かないでください」
「・・・ツナヨシ、そうか君も『視て』しまったんだね」
そうつぶやいた九代目は黒の背広にボンゴレ九代目唯一の武器である杖をもち、指にはボンゴレ大空のリング―――正装姿だった。
「お願いします!九代目」
必死にすがりつき、ひきとめようとするツナヨシを追いついた側近たちが心配そうに見守っている。
ボンゴレ直系は必ず『超直感』をもつという。
どうやらこの子の力はとても大きいようだ。私の予想よりも、はるかに。
「残念だが、行かないわけにはいかないよ」
「どうして!」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれおち、頬を伝う。
なんとこの娘は純粋でうつくしいのだろう。
「許しておくれ。これはボンゴレ九代目としての務めなんだよ」
「っそれなら、私が!!私を十代目に!!今すぐ」
「それはできない」
(君たちの未来をひらくためにも。)
「ツナヨシ。人はね、どんな未来も自ら選ぶことができるのだよ。
たとえ先がわかっていても。もっともその人のらしい選択を」
その言葉に九代目の守護者たちが目を伏せる。彼らこそ長きにわたり九代目を守ってきたのだ、未来がわかっているのにどうにもできない現状を、自分たちの無力さと悔しさをかみしめているのだ。けれどかたい意志はくつがえすことができない。
―――他ならぬボスの意志なのだから。
「いやです!そんなのいや!!九代目」
「リボーン、彼女を部屋につれていってくれないか」
「・・・わかったぞ。だが九代目、あなたは本当にボンゴレらしい」
おのれの覚悟に、まわりが傷ついても。それをわかっていても貫きとおす。
「ほめ言葉とうけとっておくよ」
「チャオ、九代目」
(感謝してるぞ。この娘と引きあわせてくれた運命を)
「ああ。リボーン、ツナヨシを頼んだよ」
「いや!はなしてリボーン!!九代目っ!」
「チャオ、ツナヨシ。私のかわいいもう一人の子ども。ザンザスを頼んだよ」
「九代目・・・九代目っ!」
景色がにじんで、大切なあの人の優しい微笑みがゆがんでいく。
瞳が熱い。胸が苦しい。頬を流れ落ちる涙が灼けるように、痛い。
それから後のことは、あまり覚えていない。
リボーンに抱えられ屋敷にもどり、メイドたちが服を着せ替え、食事をとるよう勧められたが、なに一つする気にもならなかった。
本当にこの体はわたしのものなのか?
指先ひとつ動かない体。重く胸につまる、この痛みはいつ消えるのだ?
すべてがかすんで、なにも視えない。
いや、視たくない。本当は何も『視たく』ないのに。
それなのに―――
視界に広がる光景。避けることのできない未来。
車を降りる九代目、突然の襲撃。朝の町に広がる戦闘。倒れる男たち。
柱の影に子どもの姿。かけよる九代目。銃声。飛び散る紅い血。
(ああ。―――九代目)
ただ涙がとうとうとあふれ、流れる。
遠慮がちに、だが力強い足音が近づいてくる。
「・・・リボーン。九代目に会わせて」
「ああ。ついてこい」
リボーンにつれられツナヨシは回廊を進む。
敵対ファミリーによる襲撃、九代目負傷の知らせをうけ、屋敷中に怒り、殺気、悲しみ、そして深い喪失感が満ちていた。
ボンゴレ本部、九代目の執務室。
かつて何度となく、この部屋まで駆けて来た。
扉をあけると、そこにはいつもあたたかく迎えてくれる優しい人がいた。
もう一度、最後に一目あのブラウンの瞳を、大好きな人に会うために。
わたしはここまで、来たんだ。
「・・・ツナヨシ、近くにいるのか?」
ベッドに横たわる九代目。血の気のひいた顔、かすれた声に許された時間がもう長くはないことを知る。
「はい、ここに」
「そうか、間に合ってよかった。君にこれを」
彼は残された力をふりしぼり自らの指から大空のリングをはずすと、ツナヨシの白く細い指にはめた。あまりに小さな手。けれど、この手こそが・・・いつの日にか。
(君の手にボンゴレを。預けることを許しておくれ)
「九代目?」
「ツナヨシ。君にボンゴレをっ・・・ぐっ」
「九代目!!もう話さないで!」
「ツナヨシ・・・ボンゴレを頼んだよ。ここにボンゴレ十代目の継承を認める」
その言葉とともに、ツナヨシの指にあった大空のリングが炎を宿す。
それはあたたかな光。すべてを包む大空の光。
最後にひとつニコリとわらうと、九代目は静かに目を閉じた。
「九代目!九代目っ!!」
叫ぶツナヨシの指にはボンゴレリングが静かに炎を宿して輝く。
九代目の最後のぬくもりとともにリングを継承し、
―――ここにボンゴレ十代目が誕生した。
はじめてあいつを見たとき。
――――ジジィも物好きだと思った。
オレが暗殺部隊に入ってすぐの頃。あいつは屋敷にやってきた。
腕も、足も、握りしめれば簡単に折れそうな、貧相なジャッポーネの子供(ガキ)。
親を事故で亡くしたとかで、親父が屋敷に引きとってきたのだった。
女に困るわけでもないだろうに、なにもそんなチンケな小娘を屋敷に囲うことはないだろうが―――物好きな。
そんな思いとはことなり、九代目はその小娘に家庭教師をつけ、屋敷の別棟に住まわせた。
小娘にもボンゴレ直系の血は流れているらしかったが、正統後継者の座にあったオレにはなんの驚異にもなりえない。
なにせ相手は脆弱な子供なのだから。
それだけのことで、それきりオレの興味も失せた。
あれから数年、ヴァリアーで戦闘に明け暮れ、オレは着実に力をつけていった。
力こそがすべて。この世界の鉄則。力をもつものがすべてを支配する。
ゆえに、ボンゴレは最強でなければならない。それだけが揺るがぬ真実。
同時に手足となる駒も集まってきた。
ウザイことこの上ないが、カスやレヴィ、ベル、ルッスーリア、マーモン、モスカ。
今のところ使えるやつらはこんなものだが。
いずれ、十代目の座を手に入れたときには、こんなものじゃない。
最強のボンゴレを。最強の力を手に入れるのだ。
――――それも、そう遠くない先に。
* * * * * * * * * * * * * * * *
いまだ朝露の香る早朝。ボンゴレ本部の屋敷にツナヨシの悲鳴が響き渡った。
あわててツナヨシの部屋へ駆けつける家庭教師と側近たちの腕をかいくぐり、ツナヨシは回廊を駆け抜ける。
薄い夜着のまま飛び出すツナヨシにぎょっと驚きながらも、あわてて彼らは後を追ったのだった。
「九代目!!九代目!!まって、待ってください。行かないで」
「ツナヨシ!どうしたんだね?こんな朝早くに。おまけにそんな格好で」
ふりかえった九代目に飛び込んだツナヨシは息をきらして泣きじゃくる。
「お願い!!行かないで。今日だけは行かないでください」
「・・・ツナヨシ、そうか君も『視て』しまったんだね」
そうつぶやいた九代目は黒の背広にボンゴレ九代目唯一の武器である杖をもち、指にはボンゴレ大空のリング―――正装姿だった。
「お願いします!九代目」
必死にすがりつき、ひきとめようとするツナヨシを追いついた側近たちが心配そうに見守っている。
ボンゴレ直系は必ず『超直感』をもつという。
どうやらこの子の力はとても大きいようだ。私の予想よりも、はるかに。
「残念だが、行かないわけにはいかないよ」
「どうして!」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれおち、頬を伝う。
なんとこの娘は純粋でうつくしいのだろう。
「許しておくれ。これはボンゴレ九代目としての務めなんだよ」
「っそれなら、私が!!私を十代目に!!今すぐ」
「それはできない」
(君たちの未来をひらくためにも。)
「ツナヨシ。人はね、どんな未来も自ら選ぶことができるのだよ。
たとえ先がわかっていても。もっともその人のらしい選択を」
その言葉に九代目の守護者たちが目を伏せる。彼らこそ長きにわたり九代目を守ってきたのだ、未来がわかっているのにどうにもできない現状を、自分たちの無力さと悔しさをかみしめているのだ。けれどかたい意志はくつがえすことができない。
―――他ならぬボスの意志なのだから。
「いやです!そんなのいや!!九代目」
「リボーン、彼女を部屋につれていってくれないか」
「・・・わかったぞ。だが九代目、あなたは本当にボンゴレらしい」
おのれの覚悟に、まわりが傷ついても。それをわかっていても貫きとおす。
「ほめ言葉とうけとっておくよ」
「チャオ、九代目」
(感謝してるぞ。この娘と引きあわせてくれた運命を)
「ああ。リボーン、ツナヨシを頼んだよ」
「いや!はなしてリボーン!!九代目っ!」
「チャオ、ツナヨシ。私のかわいいもう一人の子ども。ザンザスを頼んだよ」
「九代目・・・九代目っ!」
景色がにじんで、大切なあの人の優しい微笑みがゆがんでいく。
瞳が熱い。胸が苦しい。頬を流れ落ちる涙が灼けるように、痛い。
それから後のことは、あまり覚えていない。
リボーンに抱えられ屋敷にもどり、メイドたちが服を着せ替え、食事をとるよう勧められたが、なに一つする気にもならなかった。
本当にこの体はわたしのものなのか?
指先ひとつ動かない体。重く胸につまる、この痛みはいつ消えるのだ?
すべてがかすんで、なにも視えない。
いや、視たくない。本当は何も『視たく』ないのに。
それなのに―――
視界に広がる光景。避けることのできない未来。
車を降りる九代目、突然の襲撃。朝の町に広がる戦闘。倒れる男たち。
柱の影に子どもの姿。かけよる九代目。銃声。飛び散る紅い血。
(ああ。―――九代目)
ただ涙がとうとうとあふれ、流れる。
遠慮がちに、だが力強い足音が近づいてくる。
「・・・リボーン。九代目に会わせて」
「ああ。ついてこい」
リボーンにつれられツナヨシは回廊を進む。
敵対ファミリーによる襲撃、九代目負傷の知らせをうけ、屋敷中に怒り、殺気、悲しみ、そして深い喪失感が満ちていた。
ボンゴレ本部、九代目の執務室。
かつて何度となく、この部屋まで駆けて来た。
扉をあけると、そこにはいつもあたたかく迎えてくれる優しい人がいた。
もう一度、最後に一目あのブラウンの瞳を、大好きな人に会うために。
わたしはここまで、来たんだ。
「・・・ツナヨシ、近くにいるのか?」
ベッドに横たわる九代目。血の気のひいた顔、かすれた声に許された時間がもう長くはないことを知る。
「はい、ここに」
「そうか、間に合ってよかった。君にこれを」
彼は残された力をふりしぼり自らの指から大空のリングをはずすと、ツナヨシの白く細い指にはめた。あまりに小さな手。けれど、この手こそが・・・いつの日にか。
(君の手にボンゴレを。預けることを許しておくれ)
「九代目?」
「ツナヨシ。君にボンゴレをっ・・・ぐっ」
「九代目!!もう話さないで!」
「ツナヨシ・・・ボンゴレを頼んだよ。ここにボンゴレ十代目の継承を認める」
その言葉とともに、ツナヨシの指にあった大空のリングが炎を宿す。
それはあたたかな光。すべてを包む大空の光。
最後にひとつニコリとわらうと、九代目は静かに目を閉じた。
「九代目!九代目っ!!」
叫ぶツナヨシの指にはボンゴレリングが静かに炎を宿して輝く。
九代目の最後のぬくもりとともにリングを継承し、
―――ここにボンゴレ十代目が誕生した。
作品名:その手に大空の輝きを 1 作家名:きみこいし