ハロー、僕の運命。
窓一つ無い白い部屋の一室で、帝人は横に小太りの男を携え腕を組んだ。
男がべらべらとまくし立て、あれやこれやと説明してるが殆ど聞いていない。
帝人の視線は一角にのみ注がれていた。
子供たちの塊。
皆、一様に怯えた目でこちらを見つめている。
―――否、皆ではなかった。
茶色の髪の子供は噛みつかんばかりに睨み、艶やかな黒髪の子供は冷ややかに観察するように見ていた。
(うーん、将来有望な子が居るなぁ)
思わずスカウト魂が疼くが、今はそんな時ではない。
帝人は組んでいた腕を解き、なおも言い募ろうとしていた男の言葉を遮るように、にっこりと笑った。
「貴方のお話はよくわかりました、Mr.小林。中々、上玉な子供たちを集めたようですね」
「そうでしょうそうでしょう。いや竜ヶ峰様ならお分かりになってくださると思いました」
獲物が喰いついたとにやけた笑みを浮かべる男に、帝人は内心(げー)と思いながらも笑みを崩さない。
面の皮の厚さは幼馴染のお墨付きだ。
「しかしまあ、本当によく集めたことです」
もう一度子供たちを見つめる。
蒼い眸に見据えられ、今まで睨みつけていた茶色の髪の子も、冷ややかに見つめていた子も、まるで金縛りにあったかのように身体を固くした。
それを知ってか知らずか、帝人は子供らに笑いかけ、また男に向き直る。
「確か、路頭に迷っていた子供らを保護したと仰いましたが」
男はまだ気付かない。
子供達ですら気付いた、帝人の―――変化に。
「おかしいですね。私には子供たちの顔に見覚えがあるんですよ」
「・・・・え?」
「あの一番右端の子は○×通りにある老舗の跡取りで、その隣の子はベンチャー企業で躍進した△□会社の社長の息子さん。そして、左端に居る黒髪の子供は、」
びくりと子供の身体が揺れた。
安心させるように帝人は一度ふわりと目元を和らげる。
「情報通でも知られる折原のご長男で、真ん中に居る茶色の髪の子は一昔前まで裏で名の通っていた喧嘩屋の平和島の息子さん、ですよね?」
「っ、・・・あ、」
男の顔色がみるみる失われていく。
身体がよろめき、ま白な壁にぶつかった。
異様なものを見る眸に映るのは、蒼の眸を美しく輝かせた青年だった。
「どの子も捜索願が出されているお子様ですね、ミスター?」
「・・・・・き、きさまっ、何者だ!!?」
「何者って言われましても」
帝人は首を捻る。
自分は特に偽名を使ったつもりもないし、何かを隠したつもりもない。
ただ言わなかっただけだ。
「僕は竜ヶ峰帝人です」
「そんなのはわかっている!くそっ、馬鹿にしよって!!誰か、誰か居ないか!!」
男が声を張り上げる。
華奢な青年一人だ。
男が雇っている用心棒がくれば、こちらの優勢は間違いない。
何を知っているかは知らないが、口を封じさせてもらう。
男の顔色が若干戻りかけた時、唯一の出入り口だったドアが盛大な音を立てて蹴破られた。
「呼ばれて飛び出でじゃじゃじゃじゃーん。皆のヒーロー、ナイスガイ紀田正臣参上!」
金髪の男がけらけらと笑いながら、部屋へと足を踏み入れた。
もちろん男が望んでいた人間ではない。
「もう少し静かに入ってきなよ。そんでその頭の悪そうな口上いい加減止めて。こっちが恥ずかしい」
「ナイスなタイミングで登場した親友に心無い言葉だなぁ。このツンデレめ!」
「はは、√3点」
「手厳しい!」
親しげに会話をする二人に、男は漸く気付き始めた。
全ては、仕組まれていたことだと。
青年が来た時点で、男の悪行が全て明るみに出ていたということを。
「とりあえず正臣は子供たちをよろしくね」
帝人は正臣に子供らを託し、最早立っていることすらできなくなっている男を見下ろした。
がたがたと震える男に、まるでこちらが悪人のようだと内心苦笑しながら帝人は告げる。
「中々尻尾を出さなくて苦労しました。その点では評価してもいいとは思います。しかしこの地域は表は当然ながら『裏』も人身売買を禁止していることは当然ご存知ですよね?」
特に子供に関しては。
微笑を象る唇は艶やかで、淡く輝く蒼い眸は恐ろしいほど美しい。
「ばれなければいいという精神は悪人の必需品らしいですが、なら、ばれたらどうなるかぐらいも考えて行動してほしいんですよ、僕らとしては」
男の眉間を細く長い指先がとんと叩く。
どうってことのない仕草が、男にはまるで銃口を突き付けられたかのような恐怖を与えた。
「法を犯した者には罰を、秩序を乱した者には報いを。表も裏も、―――ああ、裏は表よりもずっとずぅっと厳しいですが、まあそれは自業自得ということで」
帝人が男から離れる。
すると何時の間に居たのか、数名の青年が男を取り囲み、その腕を拘束した。
「な、な、」
言葉すら発せられない男に、帝人はふわりと微笑む。
「さようなら、Mr.小林。来世はまともな人間に生まれ変われることを祈ってますよ」
聖母の如くの微笑みで、彼は罪人を断罪した。