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幸せでありなさいとキスをして

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「おはなし、して」
質素なベッドの上から、ふいにそんなつぶやきが漏れて、スティングはゆっくりと後ろを振り返った。
いつのまにか、さっきまでステラをからかって遊んでいたはずのアウルが消えている。何だ、トイレにでも行ったのかと思ったが、気にしなくてもあの子は寂しがり屋だから、そのうち姿を見せるだろうとスティングは思った。出ていった先にまでついていてやらなくとも大丈夫だろう。本当に心細いときは、きっと泣き声をあげてでも自分を呼び出そうとするだろうから。
スティングは頭の中に、人の悪そうな笑みを浮かべながら辺りを歩き回るアウルの姿を思い浮かべて、まあ冒険というものは一人でやった方が楽しいものだしな、とやがて心配することをやめた。
「『お話』、か?」
小さくうなずいたステラは、彼のものであるはずのベッドの上で、ひじを枕にしながらこっちを見ている。わずかに朱を帯びた右頬が、細いひじに押されてつぶれたようになっているが、ああ、眠いのだろうなとスティングは思った。寝しなにぐずる小さな子どものように、ステラは眠りに落ちる間際になると、こうして奇妙なわがままを言い出すのだ。
白くて細いその足首が、右に左にと所在なさげにぶらぶら揺れている。それを見ながら、スティングはどこで見たのか、同じように足を揺らしながらシャボン玉を吹いていた子どもの姿を頭に思い描いた。もし明日も覚えていることができたなら、もし外出しても良い時間が与えられたなら、町に出て同じものをこの子にも買ってきてやろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、スティングは自分をじっと見つめるステラのまぶたが落ちそうになる様子を眺めている。
「おはなし」
一見不機嫌そうにも見える顔で、眠たいときは、とステラが口を開いた。
「眠たいときは、おはなし。いい夢、見れるよってネオが」
ああ、とスティングは納得した。
またあの飄々とした上司が、ステラに妙なことでも吹き込んだのだろう。
アウルはそうしたことが起こるたび、何してんだよ、変なこと言ってんなよと言いながら楽しそうにネオを責めたが、スティングにとっては新たな苦悩が始まるのだから、楽しそうになどしていられない。
あの人は自分たちと仲良くしたいのだとスティングにはわかっている。心の中の、一番大事な所では、きっとスティングのことも、アウルのことも、最も目をかけているように見えるステラのことさえ、ちっとも愛しちゃいないのだから、そのことによって生まれる決まり悪さを、当の3人と上っ面の友好関係を築くことで消化しようとしているのはわかっているのだ。だからネオはひどくこの子を甘やかすし、アウルが何をしても笑いながら許して、そうして自分の場合には。
スティングは内心ため息を付いて、ネオが嬉しそうに全ての尻拭いを自分にさせることの大変さを考えた。彼にとって、いわゆるスティングという人間は、反抗期から抜けきったようで抜けきれていない、持てあまし気味の息子のようなものであるらしい(彼としては反抗した覚えなど無いのだが)。だからネオは頼んだよ、と爽やかな笑顔で親指を立て、そうして自分が作り出したはずの問題を全てスティングに解決させようとする。そうすることが、ステラやアウルにするように、あからさまに甘やかしてやるよりは(俺はお前を信用しているんだ、だから頑張ってくれ)効果的に彼を励ましてやることができると考えているらしい。しかし正直な話、冗談じゃないとスティングは思っている。
「スティング」
してくれる、とたずねられて、断ることができないことも全て承知の上なのだ。スティングは性悪上司の高らかな笑い声を想像しながら嘆息する。ここまできたら、もはや後戻りすることなど不可能だとわかってはいる。わかってはいるが、諦めてしまうのも悔しいような気がして。
「俺じゃないと、駄目なのか?」
一応意味のない抵抗をしてはみるのだけれども、ステラに動じた様子は見られない。
「『こまったことは、スティングにいいなさい』って」
どこかで聞いてきた文句を繰り返すように、嬉しそうな笑顔を浮かべるから、嗚呼、やっぱりネオも本気だなと、スティングはようやく肩を落とした。
期待していたものが、まるで目の前で閉ざされたドアに隠れてしまったような気分だ。だが、まあここは子守唄でなくて助かったと言うべきなのだろう。スティングは自分にそう言い聞かせながら、自分の脳内に蓄積されている「童話」というカテゴリー内の書類を綿密に調べ上げる。
「たとえば、どんなものがいいんだ?」
聞かせるネタが無いわけじゃなさそうだ。そのことに多少安心して、ふいにスティングは、自分が何の疑いも持たずに優しさの大盤振る舞いをしようとしていることがおかしくなった。捨てる神あれば拾う神あり、もちろん神なんて信じちゃいないけれど、殺す神あれば生かす神ありとはまさにこのことで、自分が普段していることを考えれば、たとえば他人がすれば微笑ましいことも、ただの嘘臭い偽善に変わってしまうように思える。
「あのね」
顔を上げて様子をうかがったステラは小さくあくびをしていたが、目元を何度もこすっているところからすると、話を聞く気は満々らしかった。
「ステラ、が」 
ステラが出るのがいい、と何かを心待ちにしているような様子を見て、こう、まるで頭を横殴りにされたような気分に陥り、スティングは無意識のうちにこめかみに左手をやる。ああ、そうですかそうですか。それはつまり、俺に話を作れということですか。眉間にしわが寄らないように気をつけて……確かに面倒くさいことではあるが、スティングは自分が少しも怒っていないことぐらいわかっている(むしろそのことの方が不思議なんじゃないか?不思議というより、ここまで来ると健気なくらいだ)……改めて、チームメイトの発想の斬新さを絶賛したい気分になった。というよりは心底がっかりだ。
「ステラが出るやつ、ね……」
もし今この身体を抜け出して、天井まで上っていって、遠くから自分の背中を見下ろしたら、それは確実に疲れの色を浮かべているに違いない。しかしまあ、ここで素直に怒って、某仮面のように大人げない人間になりたくもなし。運命はすでに音を立てて、彼の部屋の扉をノックしてしまったのだ。スティングは仕方なく、決まり文句を舌に乗せて、重い口を開いた。
「昔々、ある所に、ステラという女の子が」
「ネオも」
さえぎって挙手した細い腕に悪気はない。悪気がないことはわかっているのだが、スティングは目の前のパソコンを閉じると(もう彼女がすっかり眠ってしまうまで、興味をそらしてもらえそうにない)、どうしたものかと構想を練った。
「昔々、ある所に、ステラという女の子と、ネオという男が」
「おとこのこ、は?」
おかしいよ、スティングおかしい、不満そうなクレームをつけられて、スティングは何がどうした、と寝転がったままの彼女に視線を移す。
よくよく考えてみれば、スティングにもステラにも、今頃どこかを覗き回っているアウルにも、同じだけの世界が見えているはずなのに、その色彩の何と違っていることだろう。
夢見るような幼い瞳に目をやって、スティングは嘆息した。
塗り絵があれば、この子は嬉しそうにスティングの髪を緑に塗り、アウルの髪を青に塗る。