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幸せでありなさいとキスをして

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大切なものなど少ししかない、その世界を守ってやりたいのは山々だけれど、でも大事に思っているだけじゃわからないことだってある。そういうときは、下手に口を出さずに(アウルのように混ぜっ返して、最初に戻すようなへまはしない)わからないのですと聞いてやれば良いのだ。
「……何がおかしいって?」
「スティング、とアウルも。出るよ」
どうやら話の設定上のミスだったらしい。そもそもこんな即席の話におかしいも何もあるのかと思いながら、それでもはいはいはい、と3回頷いて、スティングは自分の額が本格的に痛み出してきたように思った。
毒気を抜かれる、というのはまさにこういうことを言うのだ。
しかし、それならスティングは毒気を抜かれ続けて、もはや漂白でもされてしまいそうな勢いだった。
「昔々ある所に、ステラという女の子と、ネオという男と、アウルとスティングが仲良く住んでいました」
「ステラのおさかな」
「昔々ある所に、ステラという女の子と、ネオという男と、アウルとスティングが仲良く住んでいて、しかもステラは可愛い魚を飼っていました!」
言い直された決定稿を受け取って、ようやくにっこりと笑う。
にっこりと笑われても、これからの展開を考える人物はスティングに他ならず、当の彼は頭の中に4人(と一匹)を思い浮かべてはみるものの、あまりに身近すぎて面白いエピソードなど一つも出てこない。
「4人と一匹は毎日楽しく暮らしていましたが……」
 あやふやにごまかして、だがステラが聞きたいのは「楽しく暮らしていた」その具体的な内容だということはわかっている。
しばらく考えていたが、ふとステラの反応が無いことに気づいて顔を上げた。
「……ステラ」
ひじ枕はどうしたのだろう、今度は膝を抱き込んで、本格的に寝る体勢に入ってしまっている。この子は横になって眠ることしかできないのだ、仰向けになるには恐ろしくて、うつぶせになるのも怖がるような子だから、本当に寝入るときには必ず横を向くことが、そして必ず人のいる方向に顔が向くことが、スティングにはよくわかっている。
「ステラ、俺の所で寝るのか?」
ほっとするんだよ、と脳裏にたどたどしい言葉がよみがえってきて、スティングはため息を付いた。
ステラ、ほっとするんだよ。
寝るとき、人がいて、ほっとする。
音がしてて、その人元気で、そばで生きてくれてたら。
ステラ、すごく、ほっとするんだよ。
椅子から立ち上がってベッドに腰掛けると、ん、と小さく反応して、一層小さく縮こまる。
「せめて着替えろよ。服、部屋から取ってきてやろうか?」
頬の下にしかれてしまったその髪が、目の中に入らないよう除けてやって、スティングはふいに嗚呼、と心のどこかで納得した。
面白いエピソードが出てこないなんて。
それは、身近すぎるからとか、そういう理由からじゃなくて。
「そうか」
スティングは淡く苦笑する。
信頼のおける仲間と笑いあいながら、楽しい冒険をして、切ない恋もして、そうして最後には宝を手に入れるなんてこと、思いつくのだって、話にして聞かせてやるのだって、何の造作もないことなのに。
それでも面白いエピソードが出てこないのは。
「俺たちは、人殺しだったな」
そういえば、と無意識のうちに伸ばされてきた小さな手のひらを、冷え切った自分のもので握りしめた。
願うことで、すでに罪が生まれるのだろう。
爪の先に浸透してくる、ステラの温もりを感じながら、スティングはそんなことを思う。
まぼろしのような幸福に出会うことを願って、そのかわり何の他意もない、思わず微笑ましくなるような理由で人を憎み、こうして眠りに落ちる少女とは違う。自分たちが幸せを願うことも、夢を見ることも、そのことがどれほどの死骸の山を差し出して、そうしてようやく交換できるものであるかが見え透いている彼には、恒久の平和なんて、希望なんて、馬鹿馬鹿しくて真っ直ぐに見てさえいられない。
ただ、ただ死にたくないと泣きながら刃を振り下ろすのと、全てわかったうえで助けてくださいと懇願する者を引き裂くのとじゃあ、訳が違うのだから。
ならば、殺すことの意味なんて、理解するのは自分一人でいいとスティングは思う。
許されないのなんて、きっと一人だけでいい。
「……スティング」
半分意識のない状態で名前を呼ばれて、どうした、とその耳もとの髪をすいてやる。子どもの体温は寝る間際に高くなるとか、そんな話を聞いたことがあるような気もしたけれど、そうだとしたら、今彼女の身体が温かいのも当然だとスティングは思った。ステラは幼い。泣きたくなるほどに幼くて、だとしたらふいに胸に込み上げるこの切なさは、彼女がこんなにも小さくて、細くて、だからこそ幸せになってもらいたいという陳腐な願望なのだろう。
「おはなし、さいごまで……」
して、とまでは言い切れないのだから、ここで何を聞かせてやっても、きっとその頭には何も残らない。けれども、まあ請け負った仕事を途中で放り出すほど、自分に責任感が無くもないことぐらい、スティングにだってわかっている。
望まれたそのままに、実体のない、彼の中にある透明な本を一気に最後まで読み飛ばして、スティングは最後の一文を読もうとした。
「そうして」
結末は見え透いているのだ。
深く考える必要もない、たとえ主人公が嘘つきであっても、泥棒であっても、寝る間際に聞かせてやる物語の最後なんて、子どもが良い夢を見られるよう聞かせてやる物語の最後なんて、たかが知れているのに。
ふふ、とほころぶような微笑みを浮かべて眠るステラのがんぜなさが、今はひどく胸にこたえた。
「ステラは」
わからないのだ。
本当のことを言ってしまえば、スティングにだってわからない。
不覚にも言葉に詰まって、スティングはステラを見下ろした。
本当にこの、悪意も何もない、小さくてまっさらな子がこのまま幸せになれるかと思うと。
あどけなく笑いながら、人を撃ち殺すこの子を思うと。
不幸なのは、自分だけであれば良いじゃないかとスティングは思う。
スティングは願う。
「ステラは、末永く」
だから、幸せになれるといいなとキスを落として、その髪をそっと撫でた。
殺すことの意味がわかるのなんて、殺して許されないのなんて、きっと一人だけでいい。
ありふれたその幸福を実現するために、死骸の山を築くのは俺の仕事だとスティングは一人ごちる。
「末永く、幸せに暮らすでしょう」
人殺しが祈る、半信半疑のハッピーエンドでも。
この子が幸せであれば、それでいい。