行って来ます
仲間が死んだ夜は、独特の高揚するような雰囲気が漂う。
誰もいなくなった真夜中の艦内を歩きながら、レイはそんなことを考える。
高揚しているのは、もちろん誰かが喜んでいるわけではなく（それこそ人でなしと呼ぶのだろう）落ち着かないからだと答えた方がふさわしいのかもしれない。ああして敵に撃たれてばらばらになるまでは、その中に確かに生きた肉体を持つ生命体が存在したこと、そしてそれが一瞬にして何の意味もないただの破片へと変わってしまったことを、思い浮かべると確かに胸が潰れそうになるのもわからない話ではないのだ。
ルームメイトのシンは部屋で塞ぎ込んでいる。無理もない。戦闘中に、２人の仲間が失われるのをその目にしてしまったのだ。彼は特に家族を失ったという点において、人が死ぬことにひどく弱いのであるし、もしかすると一人で残してきた今は部屋で泣いているのかもしれない。
そんなことを考えて、こんな夜中に部屋を出たのは、結局シンに気を遣うつもりが自分も一人になりたかったからかもしれないとレイは思った。胸の内に、まるで燃えるような何かがたぎっているような気がしてならない。それは先ほど思ったように意識が高揚しているからかもしれないし、やはりレイはレイで死という事実にショックを受けているのかもしれなかった。
真夜中のミネルバでも、耳を澄ませると遠くから微かな雑音が流れ込んでくる。誰かが夜の間も機械の調整を続けているからなのか、それとももしかすると危険が迫っているのかもしれなかったが、正直今のレイにとっては全て関係のない話だった。彼にとって重要なのは体調管理を万全に、必要とされたときいつでも最高の状態で戦闘に出動すること、そして彼が敬愛してやまない議長という一人の男の役に立つこと。それだけで生きていられる価値が極限にまで高められることを考えると、自分は本当に、何と単純な存在だろうと彼は思う。結局全ての行為の目的がはっきりしすぎているために、無駄なものなど何もない。何とまあ、背筋が冷え冷えするほどにつまらない人格であることだろう。それでもレイは、これまで歩んできた結果が今の自分であるとしても、それを否定する気にはなれないのだ。
「……ルナマリア」
そんなことを朧気に考えていたものだから、彼はその微かな雑音が廊下の先、ＭＳデッキへと続くエレベーターの前で、仲間のルナマリアが壁をこつこつと指で叩いている音だとは気づきもしなかった。いや、気づきもしなかったというより、気づいても何とも思わなかったという方が表現としては正しい。彼が同じ人間の気配を見逃すはずなどないし、特に自分に危険が及ばない限り、彼は大抵のことをあっけないほどの残酷さで右から左へと流してしまうのだから。
そのせいか、さも当然といった（ような）表情を浮かべたレイとは裏腹に（その瞬間、レイはそこにいたのが彼女で良かったと思えたような気がして不思議だった）ルナマリアは嫌そうな素振りこそ見せないものの、少なからず仰天しているように見える。
「レイ。何で、どうしたのよ」
こつこつと、苛立たしげに壁を叩いていた指の動きが止まり、エレベーターに入ろうとでもしていたのか、宙をいったりきたりしていた反対の手のひらが立ち止まる。彼女はひどく眩しそうな顔をしていた。随分前からこの場所で立ち往生していたようだ。
大方眠れなかったんだろう、シンだってそうだとレイは即座に判断して、彼女の服がまだ軍服のままであることに気がついた。
「着替えないのか」
「レイだってまだ着てるじゃない。シャワーには今あの子が入ってるのよ。私はただいま待機中なわけ」
ルナマリアが自分こそどうなのよ、とでも言いたげな表情を浮かべて肩をすくめる。あの子、というのはつまりルナマリアが公衆の面前でも可愛いのだと豪語してやまない、同室のメイリン・ホークのことだ。
自分も同じようなものだと説明して、ああシンのことねとルナマリアが頷くのを見ると、レイはまたわざわざこんな場所まで出てきた彼女の行為に疑問を覚えて、素直に問いを口にした。
「部屋の中で待たないのか」
「察しなさいよ。メイリンは悲しいことがあるとシャワーにこもる癖があるから、今はそっとしておいてるところなの」
言い方こそ刺々しかったが、ルナマリアは怒っているというよりも少しくたびれているように見えた。落ち込んでいるのではない、けれどもそれがやはり仲間を失ったことに対する悲しみなのか、それとも感情の起伏の激しい妹を慰めることで消費した力のせいなのかはわからない。しかし、そういえばルナマリアも２人が死ぬ場面を目にしたのだった。彼女は破損したその機体に向けて、２人の名を呼びさえしたという。
「入らないのか」
突然どうすればいいのかわからないような気持ちになって、レイは小さくため息をついたルナマリアを見、次にデッキへと続くエレベーターに目をやって、そうつぶやいた（先ほどからのレイは質問しかしていない）。答えるかわりにううん、とくぐもった声を彼女が発して、次にそうね、と独りでに頷く。
「落ち着かずに立ってるよりは随分いいわ。あの子もしばらく出てこないだろうし」
レイ、話でもしない、と誘いをかけるにはあまりにも淡泊な言葉をかけて、ルナマリアがエレベーターのドアを開く。特に断る理由も無かったので、彼女が四角く切り取られた明るい空間に飛び込むのに続くと、身体が持ち上げられるような感覚に陥って、あっという間にドアが２人を薄暗いデッキへと吐き出した。
「思ったほど人がいないのね」
小さく漏らしたルナマリアの言葉にああ、と頷いて、レイも本当にその通りだと思う。夜中も整備を続けているはずの人の群は今はちらちらと数人を残すばかりで、エレベーターの到着する音も聞こえたろうに、２人に目線をあげようとする者たちはいない。もしかすると、今日の戦闘の結果を受けて、パイロットたちには気を遣うよう、極秘の指令でも行き渡っているのかもしれない。
「でもまあ、話をするにはちょうどいいか」
デッキの手すりに両手を置いて体重をかけると、手招きもしない彼女の意志を読みとって、レイはルナマリアの左に立った。いつも右にはシンが立つから、何となくレイが左側なのだ。それに、今はメイリンもいないから、彼女のためにスペースを空けてやる必要もない。
同じように手すりに左手を乗せると、思ったよりもひんやりとしていて、冷たいと感じた彼のかわりに、寒い、とルナマリアがつぶやいてくれた。
「こんな風に寒いなんて思わなかった」
彼女の話す声はまるで囁くようで、デッキ下の整備士たちに聞こえているようには思えない。レイは自分の上着を彼女に渡した方が良いのか迷って、しかし彼女ならばそんな風にされて喜ぶはずもないだろうと判断した。貸して欲しいときは自分から言うだろう。彼女はそういう人だ。
レイが何も言うつもりのないことを察したのか、ルナマリアはそのまましばらく沈黙に（しかし厳密に言えば、完全な沈黙ではなく、整備士たちが機械をいじる音が流れてくる）身を任せながら遠くを見ていた。しかし、２人がデッキに入ってきてから３人目の整備員が仕事を終えてその場を離れていくのを見送った後、今度は震えるような息を一つついて、ようやくその重い口を開く。
誰もいなくなった真夜中の艦内を歩きながら、レイはそんなことを考える。
高揚しているのは、もちろん誰かが喜んでいるわけではなく（それこそ人でなしと呼ぶのだろう）落ち着かないからだと答えた方がふさわしいのかもしれない。ああして敵に撃たれてばらばらになるまでは、その中に確かに生きた肉体を持つ生命体が存在したこと、そしてそれが一瞬にして何の意味もないただの破片へと変わってしまったことを、思い浮かべると確かに胸が潰れそうになるのもわからない話ではないのだ。
ルームメイトのシンは部屋で塞ぎ込んでいる。無理もない。戦闘中に、２人の仲間が失われるのをその目にしてしまったのだ。彼は特に家族を失ったという点において、人が死ぬことにひどく弱いのであるし、もしかすると一人で残してきた今は部屋で泣いているのかもしれない。
そんなことを考えて、こんな夜中に部屋を出たのは、結局シンに気を遣うつもりが自分も一人になりたかったからかもしれないとレイは思った。胸の内に、まるで燃えるような何かがたぎっているような気がしてならない。それは先ほど思ったように意識が高揚しているからかもしれないし、やはりレイはレイで死という事実にショックを受けているのかもしれなかった。
真夜中のミネルバでも、耳を澄ませると遠くから微かな雑音が流れ込んでくる。誰かが夜の間も機械の調整を続けているからなのか、それとももしかすると危険が迫っているのかもしれなかったが、正直今のレイにとっては全て関係のない話だった。彼にとって重要なのは体調管理を万全に、必要とされたときいつでも最高の状態で戦闘に出動すること、そして彼が敬愛してやまない議長という一人の男の役に立つこと。それだけで生きていられる価値が極限にまで高められることを考えると、自分は本当に、何と単純な存在だろうと彼は思う。結局全ての行為の目的がはっきりしすぎているために、無駄なものなど何もない。何とまあ、背筋が冷え冷えするほどにつまらない人格であることだろう。それでもレイは、これまで歩んできた結果が今の自分であるとしても、それを否定する気にはなれないのだ。
「……ルナマリア」
そんなことを朧気に考えていたものだから、彼はその微かな雑音が廊下の先、ＭＳデッキへと続くエレベーターの前で、仲間のルナマリアが壁をこつこつと指で叩いている音だとは気づきもしなかった。いや、気づきもしなかったというより、気づいても何とも思わなかったという方が表現としては正しい。彼が同じ人間の気配を見逃すはずなどないし、特に自分に危険が及ばない限り、彼は大抵のことをあっけないほどの残酷さで右から左へと流してしまうのだから。
そのせいか、さも当然といった（ような）表情を浮かべたレイとは裏腹に（その瞬間、レイはそこにいたのが彼女で良かったと思えたような気がして不思議だった）ルナマリアは嫌そうな素振りこそ見せないものの、少なからず仰天しているように見える。
「レイ。何で、どうしたのよ」
こつこつと、苛立たしげに壁を叩いていた指の動きが止まり、エレベーターに入ろうとでもしていたのか、宙をいったりきたりしていた反対の手のひらが立ち止まる。彼女はひどく眩しそうな顔をしていた。随分前からこの場所で立ち往生していたようだ。
大方眠れなかったんだろう、シンだってそうだとレイは即座に判断して、彼女の服がまだ軍服のままであることに気がついた。
「着替えないのか」
「レイだってまだ着てるじゃない。シャワーには今あの子が入ってるのよ。私はただいま待機中なわけ」
ルナマリアが自分こそどうなのよ、とでも言いたげな表情を浮かべて肩をすくめる。あの子、というのはつまりルナマリアが公衆の面前でも可愛いのだと豪語してやまない、同室のメイリン・ホークのことだ。
自分も同じようなものだと説明して、ああシンのことねとルナマリアが頷くのを見ると、レイはまたわざわざこんな場所まで出てきた彼女の行為に疑問を覚えて、素直に問いを口にした。
「部屋の中で待たないのか」
「察しなさいよ。メイリンは悲しいことがあるとシャワーにこもる癖があるから、今はそっとしておいてるところなの」
言い方こそ刺々しかったが、ルナマリアは怒っているというよりも少しくたびれているように見えた。落ち込んでいるのではない、けれどもそれがやはり仲間を失ったことに対する悲しみなのか、それとも感情の起伏の激しい妹を慰めることで消費した力のせいなのかはわからない。しかし、そういえばルナマリアも２人が死ぬ場面を目にしたのだった。彼女は破損したその機体に向けて、２人の名を呼びさえしたという。
「入らないのか」
突然どうすればいいのかわからないような気持ちになって、レイは小さくため息をついたルナマリアを見、次にデッキへと続くエレベーターに目をやって、そうつぶやいた（先ほどからのレイは質問しかしていない）。答えるかわりにううん、とくぐもった声を彼女が発して、次にそうね、と独りでに頷く。
「落ち着かずに立ってるよりは随分いいわ。あの子もしばらく出てこないだろうし」
レイ、話でもしない、と誘いをかけるにはあまりにも淡泊な言葉をかけて、ルナマリアがエレベーターのドアを開く。特に断る理由も無かったので、彼女が四角く切り取られた明るい空間に飛び込むのに続くと、身体が持ち上げられるような感覚に陥って、あっという間にドアが２人を薄暗いデッキへと吐き出した。
「思ったほど人がいないのね」
小さく漏らしたルナマリアの言葉にああ、と頷いて、レイも本当にその通りだと思う。夜中も整備を続けているはずの人の群は今はちらちらと数人を残すばかりで、エレベーターの到着する音も聞こえたろうに、２人に目線をあげようとする者たちはいない。もしかすると、今日の戦闘の結果を受けて、パイロットたちには気を遣うよう、極秘の指令でも行き渡っているのかもしれない。
「でもまあ、話をするにはちょうどいいか」
デッキの手すりに両手を置いて体重をかけると、手招きもしない彼女の意志を読みとって、レイはルナマリアの左に立った。いつも右にはシンが立つから、何となくレイが左側なのだ。それに、今はメイリンもいないから、彼女のためにスペースを空けてやる必要もない。
同じように手すりに左手を乗せると、思ったよりもひんやりとしていて、冷たいと感じた彼のかわりに、寒い、とルナマリアがつぶやいてくれた。
「こんな風に寒いなんて思わなかった」
彼女の話す声はまるで囁くようで、デッキ下の整備士たちに聞こえているようには思えない。レイは自分の上着を彼女に渡した方が良いのか迷って、しかし彼女ならばそんな風にされて喜ぶはずもないだろうと判断した。貸して欲しいときは自分から言うだろう。彼女はそういう人だ。
レイが何も言うつもりのないことを察したのか、ルナマリアはそのまましばらく沈黙に（しかし厳密に言えば、完全な沈黙ではなく、整備士たちが機械をいじる音が流れてくる）身を任せながら遠くを見ていた。しかし、２人がデッキに入ってきてから３人目の整備員が仕事を終えてその場を離れていくのを見送った後、今度は震えるような息を一つついて、ようやくその重い口を開く。