[ CALL ME, CALL ME. ]
年明けの学力テストを終わらせて物理部の活動もそこそこに切り上げて佐久間は何の目的もなく商店街のCDショップに立ち寄る。新譜のコーナーを眺めてあまり興味を向けるようなものもないとわかると小さな店のカウンターにいた店長を横目で見て店を出る。まだ冷たい風がアーケードの中を通り抜けて、急いで両手をコートのポケットに突っ込む。肩を竦ませると首に巻いたマフラーが顔を掠めた。天気が良いだけに、日陰の寒さが身に染みる。いやいや身に染みる、なんてまるで老人のようじゃないかと脳内で打ち消した。だが残念ながら代替できるような言葉がすぐ浮かぶような文系の頭を持ち合わせてはいない。そういうのは、と考えてほぼ理系で揃えられたクラスメイトたちを除外するとあまり候補がいないことに気付く。生憎と他クラスまで知り合いを作る性格ではない。交流はほどよく、それなりに広げていれば良いのだ。だから先程まで部室で話していた健二に卑怯だと言われてしまうのだろうか。
(いやいや、健二くんが不器用すぎるだけですよ、と)
マフラーで口元を隠して小さく笑う。いや、それでもこの半年くらいは彼なりに進歩しているらしいから笑っては失礼だ。一夏の間に校内一と謳われる彼女を作ってきたときはさすがに驚いたけれども。ずっと部室にいた自分はあの時モニタに映らなかった部分で何が起きていたのかを知らない。だからはじめにじゃんけんに負けたことを悔やんだりはしたけれど、きっと自分が行ったとしても同じ結果は得られなかっただろう。
(まあ、俺ってそういうほうが慣れてるしね)
諦めるのが早い性格もよくわかっている。だからあの時は、健二でなけれは乗り越えられなかった。つくづく損な役回りだと思いながらまだ正月気分の抜けない商店街を通り抜けた。まだ早い時間だというのに日はもう沈んでしまったのか空は夜の気配を見せている。そういえば夕飯を買い損ねた、と今更ながら気付く。正月休みとは違って両親は家にいないだろうから何か買っておくべきだったのに店が多いエリアを抜けてから気付くのは休みの感覚がまだ抜け切っていないせいだろうか。
(別に、昨日みたいにコンビニでも…)
夕闇は佐久間のすぐそこまでやってきていて、寒さを増す。ちょうど街灯が少ない場所にいるせいで余計に暗く思えた。ずり落ちたマフラーを直して再び右手をポケットに入れたところで中にあった携帯端末がメールの着信を知らせた。歩きながら画面をスライドさせると自分のアバターが封筒を開くところだった。
「は?」
一行だけの、タイトルもないメールに佐久間はやや拍子抜けしながらその意味を考える。
『寒いんだけど』
一瞬偽物か何かかと思ったが、文末には相変わらず署名代わりの彼のアバターマークが入っていた。だから何だ、と打ち返そうとして佐久間は急に足を止めた。
「ねえ、帰るの遅くない?」
顔を上げると、両手をパーカーのポケットに突っ込んで路地の真ん中で彼は不満そうに白い息を吐いた。思わず手にしていた携帯端末を落としそうになる。ギリギリセーフかなと彼がつぶやいたが、それが何なのか聞き返す余裕もない。
「何ぼけっとしてるの」
おそらくは健二にすら見せたことない顔をしていただろう。佐久間は慌てて彼の前に立った。画面の中から想像していたより少し小さいことを知る。それでもきっと夏よりは成長したのだろう彼は佐久間を見上げてまた不満そうに息を吐く。きっと彼の中では健二と同じくらいだと思われていたのだろう。残念ながら年末までに少しだけ伸びた身長がこんなときに不評を買うとは思わなかった。
「どうしたの、キング」
「…別に」
理由もなくわざわざ都内の、しかもここまで来ることもないだろうとは思うが、深くは追及せずに口元に笑みを浮かべる。口から洩れた息さえ白くて、佐久間は思いついたかのように自分のマフラーを外して彼の首に巻いた。一瞬彼のからだが固まって、佐久間の手が離れると肩が落ちる。
「寒いならどっか入ろうか」
いつからここにいたのかは知らないが体が冷えているのがわかる。それが妙に嬉しくて佐久間は彼の手をつかんで歩きだした。やや引っ張られそうになりながら半歩あとをついてくる彼の手が冷たい。どうせなら手袋を持ってくれば良かった。何が食べたいかと聞いてもしばらく返事がなくて、コンビニに差し掛かる。
「じゃあ何か買ってうちで食べるとか?」
冗談半分でいうとしばらくして佳主馬が頷いたのを見て、佐久間の顔が固まった。
「マジで…」
「あんまり外で食べるの好きじゃない」
外食が基本の佐久間にはよく理解できない感覚だが、あの一族ならわからなくもないと少し視線を泳がせる。しかし家に帰ってもきっとまともな食料は期待できないし、佐久間自身他人に振る舞うような技術は生憎持っていない。コンビニの弁当が並ぶ棚をしばらくじっと見つめていた佳主馬は佐久間がいつものように手に取るのを見て素早く他の弁当を取った。再び外に出ればすっかり暗くなった通りを白色の街灯が頼りなく照らす。そういえば彼は学校ではなかったかと尋ねれば、今週までは休みだと返ってきて佐久間はおもわず羨む声を上げた。たまにOZ経由で会話をすることはあっても、いざ直接会ってみると何を話せば良いのかに悩む。程なくして佐久間の家に着いたときに、あまり距離が長くないことに感謝した。
予想通り家のなかは静まり返っていて、外よりも少しだけ温い空気で満ちていた。電気と暖房を点けて佳主馬をリビングに招くと彼は室内を見渡しながらソファに落ち着いた。変なカンジだ、と思いながら佐久間は電子レンジの中で温められる弁当を見つめる。画面の中で何度も会っているとはいえ、実質は初対面だ。しかし佳主馬はその状況に慣れているのかやや退屈そうに、テーブルの上にあったリモコンを取ってテレビを点けた。いきなり静かだった室内がテレビの音で満たされたところで佐久間は温めた弁当を彼の前に置いた。
「いっつもこんなの食ってるの」
「毎日じゃないけどね」
ふうん、と佳主馬は箸先で突きながら中身を見つめる。佐久間にとってはこれが当たり前になっていたから、羨ましいと言うと彼は特に何も言わずに佐久間を見た。佐久間が食べ終わってしばらくしてから同じように平らげたのを見ると別に体が小さいからといって少食なわけではないのかと思う。まあそれも失礼な話なのだが。特に何をするわけでもなく、ただぼんやりとテレビを見つめている彼がOZの中で知らない人はいないほどの有名人だということがあまり実感できない。どこからどう見ても普通の中学生なのにと彼の横顔を見つめると、それに気付いたのか彼と視線がぶつかって佐久間は不必要な笑みを浮かべた。
「キングは」
「佳主馬」
佐久間は遮られて思わず、は?と声を上げた。佳主馬が立ち上がって佐久間を見下ろす。その目がさらに細くなった。
「佐久間さん、いっつもキングって呼ぶし」
不満そうに言われて佐久間は彼を見上げる。そういえば彼をそんな風に呼ぶのは当たり前すぎて気にしたこともなかった。そもそもあの事件さえなければ彼とこうして会話することもなかっただろう。
(それに、俺は直接会ったことなかったし)
(いやいや、健二くんが不器用すぎるだけですよ、と)
マフラーで口元を隠して小さく笑う。いや、それでもこの半年くらいは彼なりに進歩しているらしいから笑っては失礼だ。一夏の間に校内一と謳われる彼女を作ってきたときはさすがに驚いたけれども。ずっと部室にいた自分はあの時モニタに映らなかった部分で何が起きていたのかを知らない。だからはじめにじゃんけんに負けたことを悔やんだりはしたけれど、きっと自分が行ったとしても同じ結果は得られなかっただろう。
(まあ、俺ってそういうほうが慣れてるしね)
諦めるのが早い性格もよくわかっている。だからあの時は、健二でなけれは乗り越えられなかった。つくづく損な役回りだと思いながらまだ正月気分の抜けない商店街を通り抜けた。まだ早い時間だというのに日はもう沈んでしまったのか空は夜の気配を見せている。そういえば夕飯を買い損ねた、と今更ながら気付く。正月休みとは違って両親は家にいないだろうから何か買っておくべきだったのに店が多いエリアを抜けてから気付くのは休みの感覚がまだ抜け切っていないせいだろうか。
(別に、昨日みたいにコンビニでも…)
夕闇は佐久間のすぐそこまでやってきていて、寒さを増す。ちょうど街灯が少ない場所にいるせいで余計に暗く思えた。ずり落ちたマフラーを直して再び右手をポケットに入れたところで中にあった携帯端末がメールの着信を知らせた。歩きながら画面をスライドさせると自分のアバターが封筒を開くところだった。
「は?」
一行だけの、タイトルもないメールに佐久間はやや拍子抜けしながらその意味を考える。
『寒いんだけど』
一瞬偽物か何かかと思ったが、文末には相変わらず署名代わりの彼のアバターマークが入っていた。だから何だ、と打ち返そうとして佐久間は急に足を止めた。
「ねえ、帰るの遅くない?」
顔を上げると、両手をパーカーのポケットに突っ込んで路地の真ん中で彼は不満そうに白い息を吐いた。思わず手にしていた携帯端末を落としそうになる。ギリギリセーフかなと彼がつぶやいたが、それが何なのか聞き返す余裕もない。
「何ぼけっとしてるの」
おそらくは健二にすら見せたことない顔をしていただろう。佐久間は慌てて彼の前に立った。画面の中から想像していたより少し小さいことを知る。それでもきっと夏よりは成長したのだろう彼は佐久間を見上げてまた不満そうに息を吐く。きっと彼の中では健二と同じくらいだと思われていたのだろう。残念ながら年末までに少しだけ伸びた身長がこんなときに不評を買うとは思わなかった。
「どうしたの、キング」
「…別に」
理由もなくわざわざ都内の、しかもここまで来ることもないだろうとは思うが、深くは追及せずに口元に笑みを浮かべる。口から洩れた息さえ白くて、佐久間は思いついたかのように自分のマフラーを外して彼の首に巻いた。一瞬彼のからだが固まって、佐久間の手が離れると肩が落ちる。
「寒いならどっか入ろうか」
いつからここにいたのかは知らないが体が冷えているのがわかる。それが妙に嬉しくて佐久間は彼の手をつかんで歩きだした。やや引っ張られそうになりながら半歩あとをついてくる彼の手が冷たい。どうせなら手袋を持ってくれば良かった。何が食べたいかと聞いてもしばらく返事がなくて、コンビニに差し掛かる。
「じゃあ何か買ってうちで食べるとか?」
冗談半分でいうとしばらくして佳主馬が頷いたのを見て、佐久間の顔が固まった。
「マジで…」
「あんまり外で食べるの好きじゃない」
外食が基本の佐久間にはよく理解できない感覚だが、あの一族ならわからなくもないと少し視線を泳がせる。しかし家に帰ってもきっとまともな食料は期待できないし、佐久間自身他人に振る舞うような技術は生憎持っていない。コンビニの弁当が並ぶ棚をしばらくじっと見つめていた佳主馬は佐久間がいつものように手に取るのを見て素早く他の弁当を取った。再び外に出ればすっかり暗くなった通りを白色の街灯が頼りなく照らす。そういえば彼は学校ではなかったかと尋ねれば、今週までは休みだと返ってきて佐久間はおもわず羨む声を上げた。たまにOZ経由で会話をすることはあっても、いざ直接会ってみると何を話せば良いのかに悩む。程なくして佐久間の家に着いたときに、あまり距離が長くないことに感謝した。
予想通り家のなかは静まり返っていて、外よりも少しだけ温い空気で満ちていた。電気と暖房を点けて佳主馬をリビングに招くと彼は室内を見渡しながらソファに落ち着いた。変なカンジだ、と思いながら佐久間は電子レンジの中で温められる弁当を見つめる。画面の中で何度も会っているとはいえ、実質は初対面だ。しかし佳主馬はその状況に慣れているのかやや退屈そうに、テーブルの上にあったリモコンを取ってテレビを点けた。いきなり静かだった室内がテレビの音で満たされたところで佐久間は温めた弁当を彼の前に置いた。
「いっつもこんなの食ってるの」
「毎日じゃないけどね」
ふうん、と佳主馬は箸先で突きながら中身を見つめる。佐久間にとってはこれが当たり前になっていたから、羨ましいと言うと彼は特に何も言わずに佐久間を見た。佐久間が食べ終わってしばらくしてから同じように平らげたのを見ると別に体が小さいからといって少食なわけではないのかと思う。まあそれも失礼な話なのだが。特に何をするわけでもなく、ただぼんやりとテレビを見つめている彼がOZの中で知らない人はいないほどの有名人だということがあまり実感できない。どこからどう見ても普通の中学生なのにと彼の横顔を見つめると、それに気付いたのか彼と視線がぶつかって佐久間は不必要な笑みを浮かべた。
「キングは」
「佳主馬」
佐久間は遮られて思わず、は?と声を上げた。佳主馬が立ち上がって佐久間を見下ろす。その目がさらに細くなった。
「佐久間さん、いっつもキングって呼ぶし」
不満そうに言われて佐久間は彼を見上げる。そういえば彼をそんな風に呼ぶのは当たり前すぎて気にしたこともなかった。そもそもあの事件さえなければ彼とこうして会話することもなかっただろう。
(それに、俺は直接会ったことなかったし)
作品名:[ CALL ME, CALL ME. ] 作家名:ナギーニョ