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[ CALL ME, CALL ME. ]

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佐久間は目の前に立つ彼にお手上げの表示をするが、彼は譲るつもりはないらしい。佐久間の頬を冷や汗に近いものが流れる。きっと彼は自分がきちんと彼の名前を呼ぶまで動かないつもりだろう。そんな風に家族のようなつながりを求められることになるとは思わなかった。自分と似た境遇で育った健二が、初めに苦手だと言っていたのがよくわかる。
「もしかして、そのためにわざわざ来たの?」
それまで佐久間に迫っていた顔が急に離れたかと思うと一気に赤くなって図星だとわかる。その反応があまりにも素直すぎて佐久間まで釣られて顔を赤くして中途半端な笑いを浮かべる。マジで、と思わず口から出てしまってすぐに佳主馬がだったら何と反射的に聞き返してきた。先程までの圧迫感がなくなって佐久間は椅子から立ち上がると彼の頭を撫でる。少し短く切り揃えられた髪をくしゃくしゃにして彼は首を振った。
「遅くなるから泊まっていきなよ、キング」
食べ散らかしたのを片付けながら言うと佳主馬は驚いた顔で食って掛かろうとする。だがすぐに思い止まって俯いたまま佐久間を見た。
「佐久間さんって性格悪いって言われない?」
言われないよと軽く返すとすぐに嘘だと言う呟きが返ってきたが聞かなかったことにする。佳主馬は口を尖らせて不満そうな顔をした。なんとなく、健二が佳主馬のことを気に入った理由がわかる。自分も健二も兄弟がいないから、一人で過ごすことに慣れすぎていて佳主馬の反応が一々新鮮で仕方ない。からかっているつもりはないんだけどと言いながら佐久間が笑ったせいで余計に彼が怪訝な顔をした。

***

本当に些細なことだった。気付いたら気にせずにはいられなくて、一度OZの中で言ったけれども彼はやはり相変わらず呼び方を変えてはくれなかった。きっとアバター同士だったから、直接会えばちゃんと名前で呼んでくれるだろうと思って新幹線に飛び乗った後に残り少ない冬休みをこんなふうに使うなんて馬鹿馬鹿しいと思いながら気付けば彼の家の場所と通学路を調べていた。もし日没までに会えなければ諦めるという勝手なルールまで作って。
これが単なる観客だったらキングと呼ばれるのは至極当たり前のことだっただろう。けれども佳主馬の中ではモニタ越しだけとはいえ、あの事件に関わった人間はどこか違う気がしていた。ほとんどが親戚だった中で、彼は貴重な外部の人間だけれども健二と同じように佳主馬にとっては盟友に近い存在で他人行儀にされたくはなかった。
(それより、もっと単純なことだけど)
自分ではなくアバターを呼ばれている気がして、まるでそこに自分の存在がないのではないかとたまに錯覚しそうになる。OZでの力が圧倒的すぎて、一時期キングカズマは人工知能ではないかという噂が広がったこともあった。結局噂だけでしばらくしたらそんな話も聞かなくなったが。もしかしたら佐久間もキングカズマの中身が無いと思っていた人間かもしれない。けれども実際会ってみても彼はなかなか名前を呼ぶことはなく、カズマは渋々と彼の話に相槌を打ちながら不満そうに弁当を口に運んだ。さて、どうやって切り出すべきかと悩みながらテレビのたいして面白くない会話を聞いてるところにふと目が合ったのを契機にふたたびキングは、と切り出されて思わず佳主馬はそれを遮った。佐久間が驚いた顔をするのにそんなに時間は要さなかった。それが意外に簡単なことに思えたのは一瞬で、結局呼び方を変えようとしない佐久間に佳主馬は言い返せなくて拳を握る。
(泊まっていけとか、大した余裕じゃん…)
湯槽の中で佳主馬は彼に太刀打ちできないのを悔やむ。同い年の健二とはまったく違うことに作戦の変更を余儀なくされて、佳主馬は湯気の向こうの天井を見上げた。佐久間はもうとっくに自分の目的を知ってるだろうから、わざわざ譲歩してくれる気配はない。OZでアバターを介した彼はこんな性格だと思わせないのに、こういうのは卑怯じゃないのか。
(頼りになるやつだって、健二さんが言ってた気がするけど)
たしかに能力的には、と注釈を付けたくなったのは気のせいだろうか。自分も相当捻くれた性格をしていたつもりだったけれど。それとも自分はからかわれているのだろうか。結局良い方法は見当たらないまま風呂を上がると部屋の中が妙に静かだった。佳主馬が付けっぱなしだったテレビは消されていて、暖房の音だけが低く静かに濁った音を立てている。裸足のままフローリングの上を歩いてリビングに行くと、ソファに彼の姿を見つけるが佳主馬が近づいても佐久間は振り向く様子を見せなかった。
「…佐久間、さん?」
彼が読みかけていたらしい科学雑誌の最新号が足の上まで滑っていた。少しずれた眼鏡の向こうの瞼は完全に閉じられていて、彼が眠りに落ちているのがわかる。攻防戦を繰り広げるつもりでいたのにこれでは拍子抜けだ、と佳主馬は彼の顔を見つめながら頬を膨らませた。そんなに彼にとってはどうでも良いことなのだろうかと思うと少し腹立たしい。その顔に慎重に手を伸ばして眼鏡の細いフレームを掴む。
(目、悪っ…)
裸眼でも十分な視力を持っている佳主馬にはレンズの向こうが歪んだ世界に見えてすぐに顔から離した。最近暗闇でPCの操作をすることが増えたから少しだけ悪くなったかと思ったけれど、母親が注意する意味が少しだけわかる。そういえば佳主馬の周りには目の悪い人間が少ないからこんな風に間近で見るのは初めてかもしれない。佳主馬は少しだけ高まった心臓を落ち着けるようにわずかに息を吐いて、その顔を近づけた。眼鏡と言うフィルターを通さない彼がどんな世界を見るのか佳主馬にはわからない。すぐ目の前まで顔を近づけたところで、少しだけ触れた雑誌が佐久間の足の上からバランスを崩して床に落ちて乾いた音を立てた。やばいと思ったときには佳主馬の目の前で閉じられていた瞼が一気に開いて佳主馬の目がいつもよりも大きくなる。
「…ちょっと積極的過ぎない?」
佐久間の目が少しだけ細くなって、彼の少し嗄れた声とともに口から漏れた息がわずかに頬を掠める。佳主馬はソファの肘掛に手を付いて体を離そうとしたのに佐久間の腕が自分のほうに伸びてきてそれを目で追ってしまったせいで反応が遅れる。そんなつもりじゃ、と佳主馬の顔が赤くなるのを楽しむかのように首の後ろに回されて驚いた佳主馬の手から彼の眼鏡が落ちる。たった数センチ動いただけで佳主馬の唇に柔らかいものが触れて思わず体が硬くなった。すぐにそれは離されて佐久間が軽く笑ったが、佳主馬は自分の指で唇をなぞる。きっと風呂上りよりも顔が赤くなっているに違いなかった。
「あー…悪い、ファーストキス?」
言われて余計に佳主馬はとっくに冷めている全身から湯気が上がりそうな思いをして佐久間を見るが彼はノーカウントと軽く笑いながら繰り返しただけで、その余裕に腹が立つ。佐久間はまだ眠いのか小さく欠伸をしてまたその目を閉じそうになった。ソファの横に立っていた佳主馬が少し体制を変えて彼の足の上に跨ると佐久間の目が少しだけ開く。
「責任取ってよね」
「は?」
作品名:[ CALL ME, CALL ME. ] 作家名:ナギーニョ