[ CALL ME, CALL ME. ]
眼鏡の無い彼の顔が一旦固まって、それからおそらくは見えないのだろう佳主馬に向けて目を凝らすように細めた。せきにん、ともう一度強く言うと佐久間の少し引きつった口が何の冗談と呟いたが佳主馬は再び唇を重ねて遮った。きっと自分の知っている人間の中でこんな風にできるのは佐久間に対してだけだろうと彼の唇に押し当てながら考えた。
(なんで、だろ…)
佳主馬の首に回されていた佐久間の腕がうろたえるように一度離れて空中を彷徨ったあとに、佳主馬が離れるつもりがないのがわかったのか再び同じ場所に落ち着いて佳主馬の体を引き寄せた。軽く重ねるだけのつもりだった唇が余計に密着して驚いて目を開くとちょうど彼の瞳が自分の方に動く。鋭く睨まれたかのような眼光を持っていた彼の視線とぶつかって佳主馬がとっさに逃れるように目を閉じると首にまわされていた手が佳主馬の後頭部に移ってまだ湿った髪に自分よりも少し長い指が絡まる。
「ん、ぅ…ふ」
重ねて啄ばむだけだった口付けが、佳主馬がわずかに唇を開いただけで彼の舌が滑り込んで変化すると佳主馬の体がわずかに震えたが、相変わらず彼の手が離れる事を許さない。舌先がぶつかって咄嗟に佳主馬は引いたのに、そのあとを佐久間のそれが追うように絡めようとしてくる。重ねた唇の隙間が角度を変えたことによって無くなると佳主馬の舌は彼に簡単に追いつかれてざらついた感覚が伝わる。その感覚よりも呼吸がうまくできないせいで苦しい事のほうが佳主馬にとっては重要になってきていて、慌てて彼の肩の辺りを叩いた。それで気付いたのか佐久間がすぐに手を佳主馬の肩に移動して引き離すと口の中に飲み込めぬまま溜まっていた唾液が互いの唇に糸を引いてすぐに切れる。
「大丈夫?」
「…じゃない」
だよなあ、と佐久間が自分の頭を掻いて苦笑いを浮かべる。佳主馬はまだ自分の顔が熱いのを両手で覆って隠そうとするが、佐久間の手に手首を掴まれて隠すよりも先に涙が零れて佐久間が慌てた顔をして謝った。
「ちが…びっくりしただけで…っ」
佐久間の手を振り払って目元を手の甲で擦る。嫌だった訳ではないのは確かだから佐久間に謝られる必要は無い。それでも簡単に一度流れ出した涙が止まらなくて自分の手よりも先に佐久間の指がそれを拭った。それをおとなしく受けて、彼の方に体を倒すと肩口に顔を埋めた。制服の白いシャツに染みを作りはじめて、佳主馬は自分がされたのと同じように彼の首に腕を回した。これではまるで幼い子供と変わらないと思いつつも、顔を上げられない佳主馬の頭をあやすように佐久間の手が軽く叩いて撫でた。
(きっと、ショックだって顔…)
おそらく自分の反応で、佐久間にされたことすべてが嫌だったと勘違いされている気がして佳主馬は回した腕に力をこめた。ようやく涙が収まって少しだけ顔を上げると、それに気付いたのか佐久間の手が髪から離れて佳主馬の耳のすぐ横にあった彼の喉がわずかに鳴ったのが聞こえた。体を起こせば佐久間の目が自分を見上げたが、きっと彼はまだ自分の目がまだ赤いなんてわからないだろう。佳主馬が彼のシャツをせがむように引っ張って彼の手を取る。
「へ?」
佐久間が変な声を上げて何度か瞬きしながら佳主馬を見つめた。掴んだ彼の手を自分の胸辺りに当てるとようやくその意味がわかったのか佐久間が少しだけ視線を落として笑った。
「まじで?」
早く、と頷くと佐久間の顔から一瞬で先ほどまでの笑みが消えて佳主馬は思わず背筋を伸ばした。押し当てていた佐久間の手が彼の意思で佳主馬の体に触れて佳主馬は唇を噛む。佐久間から借りたばかりの少し大きいシャツの裾を捲られて服の中に篭っていた空気が部屋の空気と入れ替わった。腰の辺りに触れた佐久間の手が肋骨が浮いた部分を越えて服の中を移動するのを佳主馬は息を詰めて見つめていた。背筋を今までに感じたことの無い感覚が上っていく気がして声を上げそうになる。不意に佐久間の手が止まって佳主馬は彼の顔に視線を移すが佐久間はしばらく自分の手の位置を見つめたままで、佳主馬の視線に気付いたのか少しゆっくり瞬きしてその顔を見上げた。
「この先は責任取れないんですけど…」
佳主馬の顔が一気に耳まで赤くなったかと思うと言い返す言葉が見当たらなくて噛み締めていた唇がわずかに開いたまま震える。それまで緊張で伸びていた背筋が一気に支えを失ったかのように崩れて佳主馬は眉間にしわを寄せて彼を見た後に力なく笑った。佳主馬がソファの背に手を付いて彼の唇と重ねるとすぐに彼がそれに応えるように佳主馬の唇を啄ばんだ。
「佳主馬」
ふとわずかに唇が離れた隙に彼の口から低く自分の名前が零れて、閉じていた佳主馬の目が開く。すぐに唇に柔らかい感触があって何かを言おうとした佳主馬の声は封じられてしまったせいで、彼の胸の上に載せていた手でそのシャツを掴むのが精一杯だった。
(そういうの、卑怯だし…)
佳主馬は掴んだ手に少しだけ力をこめて目を閉じた。
了
[ CALL ME, CALL ME. ] Nagi
作品名:[ CALL ME, CALL ME. ] 作家名:ナギーニョ