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箱庭の現実

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たとえば、一列縦隊で行けばいいのか、それとも一列横隊で進めばいいのか、スティングは常に戸惑う自分がいることに、気がついている。
アウルはまるで癇癪玉のようで、周囲を全て嘲笑するようでありながら、突然大声で泣き出したりもするのだし、けれど、けれども、それは彼がまだ子どもだからとか、そんなつたない理由によるものなどではなくて(スティングとて、自分がはたして大人の称号を受けるに値する人間か、定かじゃあないのだ)きっと彼がいつも気分を張りつめているからなのだろう。そうして目のそらしようがない事実は、最終的にスティングがアウルの弱さを、うわべだけ苛立ったようにはしゃいでみせる、まるで神経質な子どもほどにもけなげなそれを、知ってしまっているということに行き着くのだ。アウルはひどく眩しくて、スティングには長く見てやっていることが難しい。それが良くも悪くも、野放しにしてはいけない何かを、やむを得ず見すごすような気味の悪さを、スティングの胸底に残してしまう。
ステラはステラで、アウルが癇癪玉なら、彼女はまるでふわふわと浮かび続けるシャボン玉だ。真一文字に結ばれたその唇から、滅多に泣き言が漏れないのは、別にその精神力というものに関係はなく、彼女の心がそこにあるかないかの違いだろう。大人しければ、きっと無条件に手はかからないとだけ思っていたのに、スティングは彼女以外にこれほど内外のギャップが激しい者を見たことがない(もちろん、悪い意味と良い意味との比率は、おおよそで7:3だ)。ただ、彼女がそうして、一見閉ざされたようにも見える世界でしか生きていくことができないのは、なるほどアウルのように気分を張りつめているからかもしれないし、彼女にとって、いわば「世界である」と定義するもの自体が、あまりに排他的であるせいかもしれない。
だからといって、同情する者もいないのだ。
スティングは、自分がどうも常識的すぎるというか、取り違えた便利さにこだわりすぎて、温かみをすっかり無くしてしまったように思えていたから、たとえそんなアウルが大声でわめきだして、彼を知る全ての者を驚かせたり、呆れさせたり、そうしたときも、まあ自分は一応リーダーだから、収拾役だからと率先して彼を慰めるようなことはしなかった。それはステラが、彼女の知らない新しい世界に性懲りもなくまた手を出して、迷子になった、道に迷った、そう言って、一人では解決の糸口のつかめない場所にまで陥ったときにも変わらない。ただ、能動的であるか、受動的であるかということに大きな意味はある。そばで床に足を放り出して泣いていても、途方に暮れた顔でうつむいていても、その側を何の感情も持たないように歩いて通り過ぎることはできた。実際子どもじゃないことだってわかっているのだが、ああ、仕方ない奴らだ、自分自身がまだコントロールしきれないでいる、そう意味づけて、その全身から発せられる悲鳴の全てを聞き流し、アウルが何故悲しいのか、腹立たしいのか、ステラが何故心細いのか、恐ろしいのか、残酷なまでの清々しさを残して、無視することもできる。ぺしゃんこにつぶれてしまわないよう、スティング・オークレーという人間は、それぐらいの臨機応変さを兼ね備えてはいるのだ。
それなのに、手を差し出されると。
手を差し出されると、もう駄目だ。
スティングは頭を抱えてしまいたいくらい、それを簡単に受け入れてしまう自分がいることを、わかっている。たとえば、わかりやすく言うなら、隣でアウルが泣いている、ステラも泣いている、片方は腹立たしげにわめいて、何かを大声で罵倒している、もう一人は、何だ、声も上げずに顔を覆って床に座り込んで、ああいつものことだ、さらりと流して通り過ぎよう−−そうして足を一歩踏み出したとする。見計らったように、アウルがその手を差し出してきたらどうだ。ステラが彼の名を呼んだらどうだ。彼の瞳は憎々しげに鋭い光を放っているのに、彼女の声だって、とうに嗄れきって汚くかすれているのに、5本の指が、白く細い生きた人間の指が、唇から吐き出される、生きた人間の声と共に、そっと差し出されたら。
スティングは大袈裟に嘆息する。そして、またか、ああ面倒ごとがまた一つ、どうしようもない、どうしようもない、どうしようもない!そう叫びながら、それでもその手を受け入れて、きっと思いの外か細いその身体を、抱きしめてしまうのだ。
 大声でわめくその言葉に相づちをうち、すがりつくように首に回されるその両腕に頬を寄せて、大丈夫、大丈夫だ、それが嘘だとわかっていても、今この瞬間だけは、きっとこの世界もお前たちに優しくしてくれるから。そう言い聞かせ、鮮やかな2色の髪を乱暴に撫でて、嗚咽の二重奏が止まるまで、きっときつく抱きしめていてやる。いたわっていたわって、もう一度立ち上がり、新しい敵に、新しい世界に、涙を拭いて立ち向かっていくことができるようになるその時まで。
−−前言撤回、「だからといって、同情する者もいない」わけではない。
というより、「同情」という言葉が、同じ情けをかけるのじゃなく、同じ心を寄せるという意味で機能するなら、「同情する者もいる」にはいるのだ(スティングは、今度こそ本当に頭を抱え込む。子離れできない親とはこのことか?むしろ親離れしない子どもという方が正解なのだろうか)。
だから、結果的に彼はいつまでも2人を手放しにすることができず、結局暗闇に至っては灯をともして、その先を歩いてやることになる。逆上しながら自分の裾を掴む彼の手を、戸惑うように指を挟んでくる彼女の手を、振り払わず、そしていつまでもいつまでもいつまでも。
まるで、自分のついてしまった、これからもつくだろう、薄ら寒い優しい世界の嘘を、本物にしようとしているみたいだ。期待ばかり膨らませて、いつかはじけてしまう幼い二つの玉を、そのたびに何度も何度も打ち上げて。天に届くはずもないそれを、そこに送り届けてやる自分ですら、何が正しいかさえわからないのに。
スティングはため息をついて、朧気に沸き上がる後悔に、俺って優しいな、優しいのか、そう一人ごちる。
なるほど、彼を優しいというなら、気が狂うほどにこの世界は残酷だ。
アウルが泣いて、ステラが泣いて、スティングのいたわりの言葉にその感覚が麻痺していく。
閉鎖的な「箱庭」のように過った夢を見させて、ゆっくりと大切な何かを腐らせていくのだろう。
だから、彼はせめて罪を償うように戸惑ってしまいたい自分がいることを知っている。
一列縦隊か、一列横隊か。
縦一列に2人を背に庇えば、それとも互いに見えるよう横一列に歩かせて、安心させた方が?
どうすればいたいけな2人を守れるか、贅沢な苦悩に戸惑ってしまいたい。
 
部屋には沈黙しか残されていなかった。
「どう思う?」
床に座り込んだまま、膝を立てて話を聞いていた彼女から反応はない。
確かに彼の意図するところはわからないだろうが(というより彼女にとっては、自分のことですら正直どうでもいいことなのだろう)、時折裸足の指先を伸ばしたり引っ込めたりしていたのだから、彼の言ったことを聞いていなかったわけでもないはずだ。
「ステラは」
答えが欲しいわけでもなかろうに。
「縦と横なら、どっちがいいんだ?」
作品名:箱庭の現実 作家名:keico