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箱庭の現実

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心の中で苦笑しながら、スティングは白い膝小僧の間に挟まる、金色の頭を見下ろした。
きっと苦悩し続けることこそが、いわば彼にとっての罰なのだ。
スティングはそれとわかっていて、嘘をつくことしかできない。この世界が、閉ざされた「箱庭」が、優しさに溢れていると、両手を広げて偽りの証を立てることしかできない。泣くことはない、恐れることはないなんて。それが地獄でない限り、そんなことなどないはずだ。
「ステラは」
前触れなしに、うずくまっていた身体が身じろいだ。
ふと宙を仰いでいた視線を動かすと、いつものように唇を一文字に引き結んでいる。目は虚ろだ。表情には変わりなしに何もないが、膝を抱き寄せる指が冷え切ったときのように血の色をしている。一度口を開いて、そしてまた言葉を切ってしまうのは、ものごとを真摯に受け止めているときの彼女の癖だった。
「ステラには。わからないけど、でも」
でも、もう一度つぶやいて、またしばらく考える。良くも悪くも、思うがままに振る舞う彼女が、何かを持てあましているようであることも珍しい。眉間にしわを寄せて、もう一度強く膝を抱き寄せる。冷たく色あせた爪、耳許にかかる金色の輝きがちらちらと踊る。スティングは、何故だか辛抱強く待つ気になった。(答えが欲しいわけでもなかろうに?)(その答えを一番欲しがってるのは、一体どこの誰なんだ?)辛抱強く待たねばならないような気がした。嘘に溺れ、罪に裁かれて、彼に何が残されているのだろう。でも、そこにあるはずの何かを探し出すために、ステラの言葉を聞かなければならないような気がした。
期待に、重圧に駆られたわけでもなく、ただ考え込む彼女の姿がある。
「でも、たてと横なら」
虚ろな夜が、精一杯の星を浮かべて。
「スティングは、誰が、抱きしめるの」

すると、世界が反転した。

天と地、光と闇、嘘が真へ、罪が赦しへ。
たとえば彼が嘘をつき、罪を裁かれて、そしてなお彼に何も残されていなかったとして、それをこいねがう者にはそのことが確かな希望であることに違いないのだとしたら。
見え透いた嘘をつくことで、あからさまな罪を犯すことで、彼に救われる人がいるとしたらどうする。
スティングは瞑目した。
嗚呼、知らない。知らないのだ。
彼は人に救われることを知らないのだ。
人に恥じる行いに身を落としてさえ、2人を許すことができても。
彼には、報われることの喜びがわからない。 

「ステラ」
ややあって名前を呼ぶと、視線の端で細い身体がゆっくりと立ち上がるのが見えた。
頼りないはずが、雄々しく見えるそれを、直視できないまま温もりが彼の膝に踏み入れる。
「ステラ」
もう一度呼ぶと、今度はうん、と小さな返事を返した。
ぎこちない動きで、細い首筋が右肩に傾くのは信頼の証。彼が壁のように立ちはだかって、彼女を庇うことを知っているのだ。両足は膝に定位置を取るが、それは約束の証。彼が、全身全霊をかけて彼女の否定するものを、同様に否定するとわかっているから。
「……ステラ」
まって、そう制しながら、両手を広げて彼の額に触れるのは、彼の許すものを許すという、彼女の最上級の意志の証。
冷たい指先で瞼を覆われ、スティングは瞑目した。
スティングと共にあって、彼女は裏切られることを恐れないのだ。
これがおごりでないなら尋ねたい。
彼の励ましが、罪でなく、まして罰でもなく2人を支えるものとなっていたのだとしたら。
いや、罪であったとしても、罰であったとしても、2人にとって唯一絶対の。
彼の存在こそが彼らの救いであったと。
「たてと横って、わからない。けど」
スティングの目を下からのぞきこむ鮮やかな双眸が、不可解そうに横へ傾いた。
「一方通行は」
スティングだけ。
スティングだけが犠牲になるのは。
一つ一つを拾い上げながら、振り返り歩くほどの速度で、彼女が口にする言葉。
「とてもいけない、と思う」
ふと、ひどく切ないような気がした。
同じだけの力で、彼女も自分を守りたいと思うなら、それは。
前に立つことばかり考えた彼にとって、ひどく詮無いような気がした。
彼女の望みを無視していたのは誰だ。わだかまりに答えを求めていたのは誰だ。自分だけがと気負うことで隔たりを作っていたのは誰だ。縦と横なんか関係ない。誰が前だろうと後ろだろうと関係ない。守られようと傷つけようと関係ない。本当に求めているのは。本当に求めているのは。本当に求めているのは。
胸が焼け付くほど、切実に求め続けているのは。
「ステラ」
呼びかけると、ん、と胸の中で温もりが反応する。
「俺は、優しいか」
しばらく思案するための時間が過ぎて、おそらくステラは俺の癇に障らない答えを探しているのだろう、スティングはそんなことを考えながら、今にも折れてしまいそうな白い腕が不思議そうに自分の髪へと伸ばされるのを見送った。
「うん。やさしい」
小さな子どもが、あどけなく笑うのに近い気配がした。大切な言葉を口にするように、丁寧に丁寧に繰り返す。ふと飛び込むように迫ってきた金の髪から、やわらかで居心地の悪い香りがする。
酔ってしまいそうだ。
気味が悪くて、あたたかい。
「やさしいよ」
スティングは。
スティングは。
スティングは、ステラが髪、触っておこらない。
細い声がてらいなくそう告げて、ほら、と彼の身体に身を寄せる。
「とてもやさしい」
そう言うが早いか、頭の後ろへと伸ばされた彼女の小さな手が、少し回り道をしてそれに触れるのがわかった。おそらく自分でも満足な解答が出せたことで、彼の質問への興味が突然薄れたのだろう。飾り気のない移り気さを指し示すように、今は努めて彼の腕の中にいることを喜ぼうとしているのだ。ゆっくりと視界から消えて、後ろへと伸びていくステラの両手は、その10本の指は、いわば吹き飛んでしまいそうな彼女を、現世と繋ぐアンテナで。恐れることなく挑むように全てに触れる。彼の言葉にも。彼の髪にも。彼の心にも。
「……ステラ」
ふいに、懐かしいはずの、懐かしくもない感覚が、スティングの身体を覆い尽くした。
「大丈夫」
つま先で立ち上がった彼女の唇を、解凍作業を始めるように、そっと耳もとに引き寄せる。
「大丈夫」
睫毛に額を寄せると、甘えを取り除いた舌っ足らずな声が、忘れそうになっていた事実を、告発するというには穏やかに、ゆっくりと彼に突きつけた。
「嘘、だって、わかっていても」
結局彼でさえ、お荷物を背負っているようで、2人がいないとどうにもならないのだ。
泣きながら差し出されるその手を受け入れて、震えるその身体を抱きしめながら、大丈夫、大丈夫だ、それが嘘だとわかっていても、今この瞬間だけは、きっとこの世界もお前たちに優しくしてくれるから、そう言い聞かせることで、きっと何か、同じだけの重みを持つものを、返してもらっていた。
(必要なの)
(掛け替えがなくて)
(スティングがいないと、どうしようもない)
耳をつんざくような喜びの悲鳴が、呼応して呼応して、そうしてうずくまる彼をも奮い立たせる。
呼応して呼応して、彼に、形だけの明日への希望を、約束してくれるとわかって。
「今だけ、この世界も、スティングに優しいでしょう」
作品名:箱庭の現実 作家名:keico