箱庭の現実
彼の仕草をそっくりそのまま真似ることで、頭を優しく撫でる小さな指が、繰り返し、繰り返し、彼に優しいでしょうと囁いた。
涙など知らないから、そんな手順は踏まないけれど、ただ、自分が思いの外とんでもない思い違いをしていたことに思わず苦笑して、スティングはかわりにその金色の頭を抱き寄せる。
「立場逆転だな」
「スティングは」
すぐに答えが返ってきたところを見ると、今の彼の発言は聞いていないらしい。それでもステラは、どこかぼんやりとした雰囲気の中にも、不格好なその独特の微笑みを見せて、さびしくて、と一言つぶやいた。
「さびしくて、いつもやさしい」
言葉を切るたび、がしがしと頭を撫でながら、撫でるというよりは、面白そうに掻いているような感じにはなってきたが、スティングは好きなようにさせていた。
「だめに、する」
一方通行は、スティングをだめにするよ。
頭から離した手を、ぐいぐいと引っ張るようにその両腕に回す。
「スティングも、帰ってきて」
正しくは「帰ってきて」じゃなく、もっと、こう別の言葉があるのだろうが、そんな野暮なことはどうでも良かった。目を細め、その細い肩を抱き寄せて、熱を持った耳もとに顔を埋める。驚いたリアクションのかわりに、染み通るような肌の感覚が頬に通じて、塞がった耳の向こうから、しあわせなの、と問う朧気な声がした。
「幸せだ」
「おかえりなさい」
振り仰ぐと、あどけなく笑う、幼い微笑みが見える。
嗚呼、充分だ。
罪よりも罰よりも、それだけでもう充分だ。
「帰ってきて」
いつも、いつでも帰ってきて。
手を伸ばすと、そこには金の光がある。生きた人間の5本の指、色あせた爪先、白い首筋があって。子どものように細く甲高い声も、たとえ彼に守れる力がなくたって、無条件に注がれるのだ。
一列縦隊でもなく、一列横隊でもなく、向かい合って帰ってきてやろう。
たとえ、ここが彼の思ったとおり、ゆっくりと大切な何かを腐らせていく「箱庭」であっとして。
そうして、全て嘘だとわかっていて、今だけ世界が彼らに優しいだけなのだとしても。
スティングは瞑目する。
「俺は、幸せだ」
ならば偽りの幸福にだまされて、地獄にも骨を埋めよう。