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子どものような恋をしようよ

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たとえばそこにいてくれるだけで良いとか、きっときっとしあわせにだなんておこがましくて(というより口に出すことすらおそれおおいような気がしてしまうこともしばしば)言いにくい言葉ではある、それにただそうあって欲しいと望むだけでも美しい2人でいることはできるとわかっているのに。
未熟者は懺悔します、ただ細胞がいななくように理解するその意味は、貴い方と書いてあなたと読むことだけ。



時折思い出したように、この世に存在するのは自分たち2人だけでないことを考えることがあって、そうしたときはいつもいつでも恐ろしくなるのだ。だってこの屋上のフェンスの向こうに見下ろせるあの人影も、その人影も、みんなそれぞれに意志を持って動いているだなんて、気持ち悪い(という言い方はうまく表現にあてはまらないような気もしたけれど)というか、ものすごく怖いことのような気がして、そんな衝動に駆られるまま、どうしてこんな複雑な場所に生まれてきてしまったんだろうと我が身を呪いたくなってしまう。
まるで自分などちっぽけなものじゃないか、世界の広さも理解しきれないうちに膨大な情報の最中に放り出されて、その中で本当に大切なもの一つだけを見ているには途方もないほどの集中力を必要とするのに。
「天気が良いねえ」
隣であぐらをかきながら後ろ手をついている大事な人は、けれど決してこのような自分の苦しみを知るまいと隼人は思った。それは別にあなたを馬鹿にするとか、そんなとんでもないことをしているつもりは毛頭ないのです(でも、こんな風に心の中で言い訳がましく弁明しようとしている時点で自分は駄目なんじゃないかという自覚はある)むしろこんな小さな苦しみのことなんて考えてもらいたくはないという思いの方が強いといった方が正しい。たとえば、多少気障な言い回しになるかもしれないけれど、そんな諸々のしがらみから解き放たれて、翼を持たない鳥ほどにもあなたには自由でいてもらいたい、そうすれば空という制約に縛られることもなく、天も地も全てはきっとあなたのものだ。
高く上がった太陽が燦々と光を投げかけている。睫毛の隙間から漏れたそれが、眼球に直接飛び込んで眩しかった。
「獄寺くん、ほら、あれ飛行機雲じゃない」
長いねえ、どこまで続いてるのかな、とふいに間延びしたような優しい声がする。特に返事もいらない問いかけだとわかってはいたが、それでも手を額にあてがって空を見上げる彼を見習って、そうですねえと同じように頭上を仰ぐ。溶けだしたような深い青色の中に、一筋細々と遙か遠くへ伸びていく線が見えた。どこへ行くつもりだろう、それは確かに飛行機の飛んでいった道をそのままたどっているはずなのに、肝心の機体の姿が見えないのはいつもながらに不思議なことだ。そんな明るい夏の風景にさえ少し心細いような印象を受けてしまうのは、先ほどまでやけに感傷的になってしまっていたせいかもしれない、隼人はややあって空から視線をはずすと、何故だか片方だけ冷え切ってしまった左手を右手できつく握りしめた。
高く上がった太陽は、この手にだけ光を投げかけるのを忘れてしまったのかもしれない。睫毛の隙間から漏れたそれも、この爪の先にまでは遠く及ばないのだ。
「長く伸びてると、きれいだなあって感動するけど」
ため息をつくような(でも別に悲しそうではないのだ、それよりも大事な人の言葉は、美しいものを目にして感嘆するときのような響きを帯びていて、隼人はそこに悲しみが無いならと密かに安心した)声に左隣りを振り返ると、もう飛行機雲を見るのはやめたのか、目を閉じて風の音を聞く彼がいる。
「消えて行ってしまうのは、少しさびしいような気もするよね」
嗚呼、大事な人も同じようなことを考えていてくれたのだと、そのことがどうしようもないほど喜ばしくて、人間は思いを共有する生き物なんだろうと誰かが言ったいつかの言葉の意味が、実感を伴って全身の細胞にまで染み渡る。
思わず途方に暮れてしまうほどに、なんてしあわせなんだろう。オレも同じこと考えてましたよ、と恥ずかしいながらに告白すれば(すぐさま跳ね上がるように嬉しそうな声と共に)獄寺くんも一緒のこと考えてたんだねえと、笑って答えてくれる人が隣にいてくれる。
この人は知らないのだ、たとえば同じ空気を吸っているというだけの事実に、たとえようもないほどの幸福を覚える存在がいることを。でも、それは自分が追い続ければいいだけの話で、この大事な人はそんなものの一つだって知らなくて良いのだと隼人は思った。思いやりという優しさを抱いて、いつもいつでも誰かをいたわろうとするこの人を、どうやって大切にしようかあれこれ考えるのは自分の仕事でいいんです。オレはただ、あなたがこの世界に自由な色を塗るときに、望む絵の具は全て差し出せたらと願い続けているだけで。
高く上がった太陽を、近づいてきた雲が覆い尽くして、辺りには優形の薄暗闇が降り注ぐ。ようやく右手から解放された左手はいつまでたってもやはり冷たいままで、しばらく忘れていたはずの心細さが蘇るような気分だった。
雲を掴み取れたら良いのに、そうして、太陽がまた顔を出してくれればいい。
そんな途方もないことを考えながら、再び大空を振り仰ぐ。
こんな悲しい色が、大事な人の目に映ることを考えると、そのことだけがひどく切なかった。夢のように壮大な計画だから、きっと発案するだけにとどまるのだろうけれど、できれば悲しみや苦しみを誘発するようなものは全て、大事な人の目には映らないよう遠ざけておきたいのだ。それは彼の歩く道をふさぎながら、一つ一つ危ないものを拾って歩くほどに愚かなことであるのかもしれなかったけれど、そうせずにいられないこの衝動は止めようがない。ただ、ただ今の自分にできるのは、大事な人の行く道を邪魔しないよう、それでも彼が悲しむことなどないように、ひっそりと後ろから見守ることだけだとしても、どうしようもないこの思いは。
「……獄寺くん」
突然の声に我に返って、吐き出そうとしていた息を飲み込みながら隣を振り向くと、瞑目していたはずの大事な人はいつのまにか目を開いて空を仰いでいる。
「獄寺くんは、大丈夫?」
囁くような問いかけに(まるで心を読まれたみたいだ、決まり悪くもしあわせでしかたがない。今、どうしてそんなことをオレに聞くんです?どうして、オレのどうしようもない切なさを知っているんです?)胸を突かれたような気がして黙り込んでいると、床に投げ出していた左手に、そっと温もりを抱えた彼の指先が折り重なって。
熱を伝えて、自分の恐れをかき消そうとしてくれているのだ、そのことがわかるから、胸が詰まるような気持ちになって、大事な人の顔をそっと見下ろした。どんな世界がその脳裏に浮かんでいるのかはわからなかったけれど、かすかに赤みを帯びたその頬に(その華奢な身体の隅々に、今音を立てて血が通っているのだ、この人は生きている、あなたが確かにオレの隣りで生きていてくれていることの尊さよ)一瞬一瞬の喜びが切り取られるように更新されていく。彼の手の温もりに押されて遙か後方へと飛び去っていってしまった寂しさたちを目で追いながら、彼らに今だけはさようならと手を振って、隼人は目もとだけでやんわりと微笑した。