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子どものような恋をしようよ

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「不安になるんですよ」
緊張のせいかかすれてしまった声にも、彼が笑うことは決してない。ただ、死にいく者を見送るときのような、優しくも穏やかな色をその目に浮かべて、そっと下の方から自分の顔をうかがっている。それでも、彼の顔に微塵も心配そうな様子が見られないのは、良い意味で彼が自分という人間の強さを信頼してくれているからだということがわかって、返事の代わりに苦い笑いが漏れてしまった。
「世界がこんなに広くて」
嗚呼、この人がこんなにいちいち自分を喜ばせるせいで、返す方はいつまでたっても追いつかないじゃないか。信頼されるだけで嬉しいんです、飛び上がりそうです、我慢できそうにないんです、そうした猛り狂う思いだけで、今は空を飛んでいけそうな錯覚さえ覚えてしまう(しかし、さすがに飛んでいくことではできないので必死に堪えているのだ)。気を遣うとか、そんな言葉で表現するようなぎすぎすした角形の関係ではなしに、こんなにも互いを大切にしようと必死にあれこれ思案している自分たちは、もしかしたら馬鹿馬鹿しくさえ見えるかもしれない。
薄暗いフェンスの向こうにはやっぱり大勢の人間がひしめいていて、彼らの一人一人がそれぞれに意志を持って行動していることを思えば、こっそりと忍び寄ってくる恐れにも似た感情を抑えることはできなかった。しかし、それは力に屈するというような意味合いを持つものなどではなくて、どちらかといえば本能的に覚える畏怖によく似たものだ。雨の冷たさを理解する前から知っていた先天的なざわめきが、まるで揺るぎなく佇んでいたいとする自分を突き落とそうとでもするかのように、遙か遠くで振れている。どうしようもなく取り残されたような気がして胸が苦しいのは、きっとそれが大衆の最中に大事な人の姿を見つけにくくしてしまうからだ、雑音に耳を塞がれて、彼の危機に間に合わなかったらどうしようと恐れるがあまりだとわかってはいても、集中力を削り行くこの不安に名前を付けて、命じるままに操るその方法こそがわからない。この世界であなたを見失いたくない、いつだって見失いたくはないのに。
「こんなに複雑だから」
それでもとぎれとぎれの言葉を一生懸命に締めくくると、そっかと頷いて(理解はできていないだろう、何しろ彼は自分ではない。でも今は納得したように演じてくれようとする、そのあやすような優しさが嬉しかった)大事な人もまた同じように大空を振り仰ぐ。
口を開いてもいないのに、だいじょうぶ、だいじょうぶと囁く彼の声がする。続きを言ってごらん、オレは君の恐怖の名をこそ知りたいんだと、遠くから手を差し伸べる彼の姿がぼんやりと霞んで見えるような気がした。その間も、じわじわと染み通るような温もりが、ゆっくりと左手の爪の先に明かりを灯してくれる。握りしめる、というほどには力を込めず、それでも振り払うことはできないささやかな力で手のひらを握られて、2人の間に広がっていた微妙な距離に橋が渡ると、鼓舞するような励ましの囁きは、輪郭をなぞられたように一層その勢いを増した。
 今度は、遠くから手を差し伸べる彼の姿がはっきりと見える。それに右手で大きく手を振り返して、ゆっくりと飲み込んだはずの決意を胸の奥底から両手で拾い上げた。
「でもオレ、大事なものは一つでいいって、そう思うんですよ」
10代目一人だけで、と続けようとした喉が震えたのは、自分が本当に彼のことを大切に思っているからだということがわかっているだけに(大事な人から派生するもの全て、彼と同じ名と意味を持つものは全て、この身にとって掛け替えのない無二の重みを持つのだ)うまく言葉が続かないのはもどかしい。口をつぐんでしまいそうになるけれど、隣で音楽でも聞くような自然さで、この声に耳を傾けている彼の思いやりがわかるから、やってみよう、頑張ってみよう、この不可解な激情に名前を付けてやろうと思いを込めて、口を開いた。
「だから、10代目のことだけ、それだけ考えてられれば、それで」
きっとしあわせなんです、それでオレはいいんです、そうしてそれだけできっとオレには確かな価値ができる。
「でもそれで、オレが10代目のこと考えてるってだけで、10代目がしあわせだとは、限らないじゃないですか」
「そう?」
「もっと、10代目のことだけ考えてても、迷惑をかけるようなことがないように、オレはしたいんです。つまり、オレがやりすぎないように、オレの一方通行なんかじゃないように、ていうか、押しつけがましくならないように」
「そっか」
「そうですよ、だから、何て言うか、もっと」
たとえばそこにいてくれるだけで良いとか、きっときっとしあわせにだなんておこがましくて(というより口に出すことすらおそれおおいような気がしてしまうこともしばしば)言いにくい言葉ではある、それにただそうあって欲しいと望むだけの(相手に迷惑をかけることなく、思いを胸に秘めたままでいることのできる)スマートな大人のようにあなたを大切にしたいということを。
「もっと、大人みたいに振る舞えたら」
一気に言い終えると、意外なことに彼は隣でふふ、とこらえきれないように笑い出して、こっちはこんなに必死なのに、それが全く伝わっていなかったのか、でも自分たちに限ってそれはないだろうと真顔で動揺していたら、彼の手に抱かれていた左手にそっと力が込められて、今度は包み込むように握りしめられた。
「でも、オレたちは子どもじゃない?」
意外な答えに虚を突かれて、まじまじと彼の顔を見る。同じように笑い出しそうな顔がこちらをまじまじと見つめ返して、ね、そんな風に呼びかけながら、大事な人は小首を傾げた。
「獄寺くんは、今の自分がみっともないと思うの」
「はい」
素直に頷けば、また吹き出しそうな顔をするから、こちらはこちらでわけがわからず途方に暮れるしかない。
「だから我慢して、オレに迷惑をかけないようにするって?」
「はい、そのつも」
「でもね、それなら今度はオレがさびしいんだって、わかってる?」
すねるような響きを帯びた声にさえぎられて、あ、と自分でも驚くほど我に返った。まさぐるように彼の指先が左手の腹をくすぐってきて、爪先が肌をひっかくたびに、君が好きだよ、オレだって君を大切にしたいという彼の言葉が耳もとに届く。普段は自らかしずいているせいで、いつも忘れそうになることではあるけれど、そういえば、大事なこの人の頭の中で、自分は彼と同じ水平な地面を踏みしめているのだ。この人は、いつだって自分との間に、こうして対等な愛を築こうとしてくれている。
自分がこの人を愛しているように、この人もまた自分を愛しているのだと、そんな単純明快なメカニズムを思い知って、自分の勘違いを謝らなくては、そんな焦りが頭を支配しているはずなのに、代わりにこの顔に浮かび上がったのはこらえようもない笑顔で。獄寺くん嬉しそう、そう指摘されて思わず自由なままの右手で顔を隠すと、駄目だよと諭されて、最後に立ちはだかるはずの砦も明るく取り壊されてしまう。 
「どっちかが大人になって、結局どっちかが寂しい思いをするなら、そんなこと最初から無しにしようよ」