花を摘むひと
「辛い・・・っ、助け、て・・・!」
その瞬間、臨也の腕に一層力が込められて、もちろんだよ、と甘い声が答えるのだった。
「助けてあげる、愛しい帝人君。君を連れて逃げてあげるよ」
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安堵したように臨也に縋ったまま眠りについた帝人の、あどけないその寝顔を見詰める。
ああ、やっと落ちてきてくれた、やっとだ。臨也はこみ上げる笑いを隠せずに、唇の端を吊り上げた。愛しい、可愛い帝人君。君には俺の愛の深さなど分かりはしないだろう。俺が君を手に入れるためにどれだけ長い時間をかけて罠をはったのかなど、永遠に知りはしないのだろう。
臨也は帝人の柔らかい黒髪を撫でながら、その額に、頬に、触れるだけのキスを落とす。慈しみと愛情に満ちた優しいキス。ああ、この感触を手にいれるまで、本当に長かった。
精一杯偶然を装って、自分でスった生徒手帳を届けて。弟みたいだなんて言葉で警戒を解き、慎重に近づいて信頼を得て。
その裏でダラーズを腐らせ、ブルースクエアを仕向けて帝人を追い詰めた張本人もまた、臨也だということを彼は知らない。紀田正臣を遠ざけ園原杏里にちょっかいを出して帝人を孤立させたのも臨也だ。そうして追い詰めて追い詰めて、縋ってくるのを待っていた。
「思ってたよりは、時間がかかったけど」
意外と強情だったね、と囁いて、泣きはらした帝人の目元にも唇を落とし、臨也は満足そうに微笑んだ。
「これでやっと君は俺のものだ」
軽い体を抱き上げ、ベッドへ運んでやる足取りは軽かった。臨也はこの先の未来に思いをはせる。さて、どこへ攫って逃げてあげようか。どこでもいいんだけど、2人なら。でも、どうせなら誰にもあわないような静かなところへ行こうかな、帝人が他に目移りしないように。
慎重な仕草で帝人をベッドに横たえ、布団をかけてやってから、最後に唇に軽くキスを落とす。
甘やかして甘やかして、優しく溶かしてあげよう。心にも体にも全てに自分を刻み込んで、臨也無しには生きられないように変えてあげる。いかにも純情そうな彼は、セックスを覚えたらどんな風に変わるだろう?案外、おねだり上手な淫乱に育つかもしれない。それはそれで楽しみだけど、恥らってくれても可愛いな、もちろんどんな帝人君だって、骨の髄まで愛してあげるけど。
思えばダラーズについて調べているとき、写真の中の帝人にひとめぼれをしてからずいぶんたつ。本当に手に入れたいものの為になら、いくらでも慎重になれるのが折原臨也だった。これからゆっくり手に触れて、キスをして、舌をからめて、優しく愛撫して、抱いて、永遠の誓いをこの唇から引きずり出すのだ。臨也さえいれば何もいらないと言わせてみせる。心も体も臨也に依存して、どうにもならなくしてしまえ。快楽を覚えさせる為ならば、薬だって道具だって使っていい。きっと、疼く体を持て余す童顔なこの少年の姿は、背徳的で臨也の劣情を煽るだろう。どんな声で抱いて欲しいと言うだろうか。どんな顔で、どんな目で。
ああ、早くそれを見たい。
きっとどんな顔をしても、帝人は美しく可愛らしいだろうから。
2度、3度と繰り返し唇を合わせてから、帝人の目が覚めたときに何か食べられるように食事でも用意しようかと、臨也は寝室に背を向けた。
ぱたん、寝室の扉を閉める音。
閉じ込める感覚。
これでチェックメイトだ。
手に入れた俺の花。
さあ、たっぷりとその蜜で満たしてくれよ。
この腕の中で乱れ咲く様を見せろ。
君が縋ったのは茨の牢獄だ。
もう二度と、逃がさない。