Not都市伝説に効く薬(お味噌味)
「あの、いい加減、起きてください。臨也さん!!」
帝人が常よりも大きな声で臨也を呼ぶと、「ん~」とか「う~」とか地を這うような呻き声をあげつつ、酒臭い塊が漸くモゾモゾ動き始める。
「ぅ・・・・・・あ、れ? ここ――っ痛」
「おはようございます。臨也さん」
寝惚けた声をあげ、ゆるゆる体を起こして状況を確認しようとするも、案の定二日酔いに苛まれる臨也の少々間抜けな面。
これも、貴重な表情だろう。相変わらず、キュンとは来ないが、どうしようもない大人の典型だなとは思う。
何はともあれ起きたのなら良い。とりあえず昨晩頼まれていたアレを作ろう。
「え・・・・・・? なんで、俺、帝人くん家に・・・・・・?」
夕べは、仕事でこっち来てて、シズちゃんと遭っちゃって、サイモンに止められて――――困惑しきりな様子でブツブツ呟く臨也は放置して、帝人はお湯を沸かし始める。
(レア度という意味じゃ、都市伝説(笑)より遥かに低いけど、面白さで言えば、こっちの方が断然上かな。吐かれたりして散々だったけど・・・・・・)
帝人は、お椀とマグカップ(一つしかないお椀の代わりだ。)を取り出すと、買い置きしていたレトルト食品を取りだし、それぞれの器に調味料をいれていく。それにシュンシュンと熱い湯気を噴き出すやかんのお湯を注げば、あっという間に胃袋を刺激する優しい匂いが辺りに広がった。
帝人は、未だに昨日の行動を思い返す二日酔い男へ、少し考えてからお椀の方を差し出した。ついでに割り箸も。
「・・・・・・なに、これ」
「お味噌汁です。レトルトですけど。あ、ご飯とかは炊いてないです。すみません。食パンならありますけど」
「いや、味噌汁に食パンとかありえないでしょう。――じゃなくて、だから、何で・・・・・・」
臨也が眉間にシワを寄せて少し苛ついた声を出す。状況を把握できないことがもどかしいのだろう。
帝人は少しだけ、ざまぁwと思った。日頃、散々振り回されているのだ。思うくらいなら赦されるだろう。
酔っ払いの醜態、浮腫んだ寝顔と無精ヒゲ、間抜けな寝惚け顔、二日酔いに苛まれる顔、状況が掴めず苛ついた顔。
帝人があまり見ることのなかった、臨也の珍しくも面白い表情のオンパレード。どうせなら、写真でも撮っておけば良かった。
多分、昨日の迷惑分はチャラにしてもいいレアさかもしれない。とはいえ、吐かれた精神的ショックを補うにはまだまだ足りないのだが。
けれども、まぁ、今言えることは一つだ。
「臨也さんが都市伝説じゃなくて、割りと普通の人間で良かったです」
そうでなければ、こんなに面白いものは拝めなかった。別に拝みたいと思っていたわけではないが。
「はぁ? 都市伝説・・・・・・? 何、黒バイクがどうかしたわけ?」
「いいえ、こっちの話です。――そうだ、臨也さん、昨日の夜のことを思い出せました?」
「いや・・・・・・。でも、ここに着くまでのは何とか」
「そうですか。じゃあ、食事時にする話でもありませんから、お先にお味噌汁どうぞ。温まりますよ。二日酔いにも良いらしいですし」
母が、二日酔いの父に味噌汁を飲ませていたのを思い出しながら帝人は言った。
相変わらず、困惑と不機嫌をミックスした表情の臨也に、帝人は苦笑する。忘れているのだから、仕方ないのだろう。少しだけ説明しよう。
「臨也さんが、夕べ言ってたんですよ。『俺のために味噌汁を作ってくれ!』って。もの凄い勢いでした。すごく好きなんですね、お味噌汁」
だから、冷めない内にどうぞと帝人が勧めると、臨也は何故か味噌汁を凝視したままフリーズ。そして、何故か顔を赤くしながら「マジで?」とか「気付いてないのか?」とか何とか聞き取り難い声音でボソボソと呟いた。
(あ、今までの珍しい表情の中で一番好きかも)
新しい表情の発見に、帝人は味噌汁を啜る傍ら見入っていると、バチッと臨也と目があった。
「い、いただきます」
気まずそうに一言。そして、臨也は味噌汁を啜り始める。
帝人は、少々面食らいながらも次の瞬間には微笑んで「はい、召し上がれ」と言った。
それからは、ほっこりとした味噌汁の匂いと、それを啜る音だけが部屋を満たした。
休日の朝っぱらから無言で味噌汁を食す成人男子(酔っ払い)と男子高校生。シュールといえば、シュールな光景が続く。
味噌汁が半分に減った頃になって、再びちらりと臨也の方を見れば、きちんとした箸使いで僅かな具を口に運んでいるところだった。
何となくその光景を眺めていると、ふと、二日酔いで苦しむ父に味噌汁を飲ませている母の、父を見る視線の優しさが何となく理解できる気がした。
その何となくを形にしようとした瞬間、臨也の視線が帝人を捕らえる。
ハッとなって「どうかしましたか?」と尋ねるも「あ~、いや、別に・・・・・・」と、モゴモゴ言葉を濁す。
口から先に生まれてきたと言えば10人が10人とも納得するような男のだんまり。異常だ。
(やっぱり、二日酔いってキツいんだな)
帝人は、未だ味わった事のない苦しみを想像してから、また先ほどの考え事へ意識を戻す。
しかし、先ほどまで分かりそうだった「何か」は、スルリと帝人の手をすり抜け、掴み損ねてしまった。気を余所へやったのがよくなかったのだろう。
しばらく、あがいてみるが無駄。
帝人は、仕方なく先程までの思考を放棄し、今度は今日のスケジュールを考え出え始めた。
そして、やっぱり臨也を買い出しに付き合わせるのも良いかもなぁと以前とは真逆のことを思いつく。
(味噌汁が好きみたいだし、買い出しが終わって、レトルトじゃない味噌汁を作ってあげるのも良いかもなぁ)
よし、そうしよう。帝人は今日1日のスケジュールを決めた。
まずは、酒臭さを取るため、シャワーを浴びてもらおう。下着は、近所のコンビニで買ってくるしかないだろう。もちろん、臨也のお金で。
そういえば、当然といえば当然なのだが、この部屋にはヒゲ剃りがない。今日一日ヒゲ面のままでいてもらうしかないかな。どうしても嫌だと言うなら、下着と一緒にコンビニで買ってくるのも吝かではない。売ってるのかな? ヒゲ剃り。多分、売っているだろう。売ってなかったらその時はその時だ。
すげなく断られるかもしれないと考えていたが、先程からの臨也のおかしな様子を見ていると、何となく断られないのではないかという予感がする。あくまで予感なのだが――。
帝人は、底に溜まった味噌をかき混ぜて最後の一滴まで飲み終えると、ほぼ同時に飲み終えたらしい臨也に向かって、これからの事を告げるために口を開いた。
end.
作品名:Not都市伝説に効く薬(お味噌味) 作家名:梅子