善法寺伊作という男
「なぜだ?」
「それぐらいは自分で考えるか、伊作に聞け。なんでも私に聞くのはよくない」
まったく、最後の最後でこれだ。魚の小骨が喉に刺さったような状態で人を放り出すな。
その辺の優しさがある奴ではないのは百も承知だが、話は終ったとばかりに歩き出す仙蔵を引き止めたところで、これ以上彼はなにも語るまい。
仕方なく井戸に向かえば、伊作は泥で汚れた忍服を褌一丁で洗い流しているところだった。まったく、六年生ともあろう男が、外見もなにもない。
「横着をするな」
「ん? どうせ身体を洗うなら、一緒に洗ったほうが早いからね」
せめて洗濯ぐらい後に回せと指摘すれば、あっけらかんと伊作は笑う。
「それにあの格好で部屋に戻ると、留さんがね……。まだ調子が悪いみたいだから」
まったく、は組の……というよりも、留三郎の博愛ぶりにはあきれ返る。
もっとも、留三郎の場合、それは庇護欲に基づくもので、つまりは伊作も保護対象で見ているということ。自分よりも弱いと思っていななければ、そうはならないだろう。
ウマは合わない相手だし、こういう点ではまったく違うと言い切れる。しかし留三郎とは根本が似ている文次郎だ。つい伊作は弱い奴だという方向へ向く思考に頭を振って、話を戻す。
「どれだけ飲ませたんだ」
「ん……どれぐらいかな。途中で僕も記憶が怪しくて」
「そんなことでどうする。忍者たるもの――」
いつもの調子、でぐだぐだと説教しそうになる文次郎の言葉。それを桶の水をひっくり返して伊作は遮る。
「あー、もちろんわかってるよ。だけどたまには息抜きしたいじゃないか。滅多にしないから大目に見てよ」
「まるで普段、息を抜いてないように聞こえるな」
全員揃っての酒盛りは、最近こそ難しくなってきたが、さかのぼれば四年生のころから始めていた。部屋単位なら、もっと多いことだろう。
しかし伊作は笑って首を振る。
「そんなことないよ。僕が遠慮なく酔っ払うのは、前後にどの学年でも大きな実習がない日で、新野先生がお忙しくない日」
忍服の汚れが取れたことを確認すると、無造作に絞る。ばたばたと石畳を打つ水滴の音。それに重なるように、仙蔵の言葉が蘇る。
「それは……つまり」
保健委員長を休める日ということか。
だから伊作は怪我をした一年生を連れて行かない。行けば、この男は絶対に手を出したくなる。だが、今日の伊作は二日酔いで、擦り傷程度の消毒ならいいだろうが大きなケガの処置などは任せられない。
しかも、実技の授業はどの学年でも毎日ある忍術学園。高学年になれば多少のケガで行くことはないが、やはり誰もが一度や二度は世話になった場所だろう。そこを預かる者のひとりとして、伊作はいつから自制していたのか。
六年間、まがいなりにも友人として付き合ってきた。なのに、これでは仙蔵にものが見えていないと笑われても仕方ないではないか。