月夜の晩に
送ると言って嬉しそうにしていたのは何だったのか。コロコロと不安定に変化する家康の態度に三成は苛立ちを露にした。
胸倉を引き寄せて、いつもの厳しい声音で恫喝を飛ばす。
「一体、何がしたい!?」
「髪に触りたい!」
「………は?」
間を置かず返った予想外の返事にあんぐりと口が開く。
「い、いや、その、変な意味ではなく、冷たそうに見えるが柔らかそうだと思っていたら、柔らかい上に意外と暖かくて、しかも何かいい匂いがするから驚いた!そういうことだ、気にしないでくれ!!」
「…貴様、酔っているのか?」
言っていることがおかしい。眉を顰めて、真っ赤に染まった家康の頬に手を当てる。見た目どおりに温度が高い。
だが先ほどまでは落ち着いていた。今になって急に酔いが回ったとでもいうのか。けったいな酒癖だとは思うが目の前の家康を見ている限り、そう思った方がよいだろう。家康は三成に触れられた途端、さらに顔を真っ赤に染めて、言葉にならぬ奇声を発しながら両手をてんやわんやと動かしている。
三成ははぁ、とため息を吐いて家康の手から手綱をもぎ取り、馬の背に跨って前を向いた。
「酔っ払いに送られるなど御免被る。屋敷の前まで送ってやるから…」
「いいや!心配には及ばない!送る、絶対に送り届けてみせる!!」
家康は周囲の木の葉を震わせるほどの大音量で三成の言葉を遮り、同時に三成の手に己の手を被せて手綱を握り、勢いよく馬の腹を蹴りつけた。
またもや起きた奇異な反応に三成が目を白黒とさせている間、馬はヒヒィン!と高いいななきを上げて放たれた矢の如く走り始める。こんな珍客は一刻も早く降ろしたい、と言わんばかりの早足だ。
「乱暴にするなと言っただろう!」
これでは降りることもできない。景色と共に激しく流れ行く疾風に流されないよう、三成は大声で叱責を飛ばした。
だが家康は馬の扱いに集中しているらしく、返事を寄越さない。あっという間に屋敷の門前に辿り着き、慌しく、くの字に馬首を返して農道を駆け抜けていった。
了…?
落ちてません。もしかしたら続くかもね!っていう…。