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『きみの話を聞かせて』

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「小さい頃はね。僕にとってこの部屋だけが世界だったから」
『狭いな』
 ズバリと言われ、言葉が詰まった。
 苦笑を漏らす。
「ああ、そうだね。僕の世界はこんなにも小さい」
『でも、でも! 私達はこの部屋でご主人と出会えて幸せでした!』
 庇うような言葉に僕が答える前にゼクロムが『そうか』と、言った。その声がどこか寂しげに感じて問い返そうとした時だった。
「N様。例の娘が傍まで来ています」
 音もなく現れたダークトリニティの一人がそう知らせた。
「……分かった。直ぐに行くよ。王である僕が玉座に居ないと格好が悪いからね」
 立ち上がり、部屋から出ようと扉を開く。
 後ろ髪を引かれる思いを部屋に残し、僕は今の僕が居るべき場所へ向かった。


 白く美しい体に、それを包む炎を前に僕は惚れ惚れした。
 彼はゼクロムよりも高い声を発して、彼女を選んだ。
――やっぱり君は選ばれたね。
 この気持ちは何だろうか。自分の予想が当たった喜びだろうか、彼女との戦いを前にした昂揚感か、それとも別の何かか。
「さあ、信念と真実、どちらが勝つんだろうね」
 他人事のように捉えている自分に少し驚いた。
 だが、もう後には引けない。まだ答えが出ていなくとも、迷いが拭えなくとも、僕は戦うしかないのだ。

――ああ、この感情はそうだ、矛盾だ。ポケモンを傷つけたくないと思っているのに戦う事しか出来ない矛盾だ。きっと、君なら戦う事以外でポケモンを幸せにしてあげる方法を知っているんだろうね。でも、僕は分からないんだ。戦った先にある解放しか、今の僕には見えないんだ。

 黒と白の咆哮が空気を揺さぶった。


『何を考えている』
 高い空を僕とゼクロムは飛んでいた。下にはイッシュの街が広がっている。城は飛び立って直ぐに見えなくなった。
「ん? いや、なんか今までのことが走馬燈のように巡ってきてね」
『物騒なことを言うんだな』
「そうだね」
 僕の笑い声にゼクロムは呆れたようだった。
「ねえ、ゼクロム」
『何だ?』
「君は今でも僕を選んでくれるかい?」
 僕は負けた。僕の信念は彼女の前に泡のように溶けていった。
 ゼクロムは僕の信念を選んでくれた筈なのだ。だとすれば、負けた今、彼が僕を選ぶ理由はない。
 そう思い、疑問を口にしたのだが、ゼクロムは途端に不機嫌になったようだった。
『我を甘く見るな』
 問い返すとゼクロムは言葉を続けた。
『我は現在だけを見て貴様を選んだ訳ではない。我は貴様の過去、現在、そして、未来を信じて選んだのだ。先程貴様も言っていたではないか。これからをどうするか決めるのは自分自身だと。だから、我はそれを見届ける。そして、その未来に手を貸す。そのつもりで貴様を背に乗せているのだ』
『ご主人! 僕達もそうですよ!』
 途端にモンスターボールの中から幾つもの声が聞こえてくる。我先にと主張する声に僕は自然と笑みを零していた。
「ありがとう」
 城を出てくる時、本当は不安で押し潰されそうだった。彼女に偉そうに言っておきながら、自分の向かう先が霧どころが暗雲が立ち籠めるように、視野を塞いでいて怖かったのだ。
 そして、何よりポケモン達に見放されるのではないか、という恐れが一番大きかった。
 父様も幹部も、一様に僕を見てはくれなかった。英雄になる筈の、王になるべく生まれた『N』という男だけを見ていた。
 だが、ポケモン達は違った。『僕自身』をいつも見てくれていた。
 そんな彼らに見放されれば生きてはいけない。過言ではなく、本当にそう思っていた。
「皆、本当にありがとう」
 震えた声で言えば、今度は気遣う言葉が掛けられる。
 そんな言葉を聞きながら、唐突に気付いた。
 ずっとポケモン達を助ける事だけを考えていた。幼い頃からずっと。
 だけど、いつの間にか助けられていたのは僕の方だったんだ。
 今更気付いた事実に止まっていた涙が再び溢れ出した。

 モンスターボールを抱え、ゼクロムの背中にもたれ掛る。少し高めの体温が心地よかった。
「君たちがいれば、僕は怖くない。これからも宜しく」
 元気よく返ってくる言葉の中でゼクロムの偉そうな鼻息が面白かった。


 そういえば、君も僕を見てくれていたね。
 プラズマ団の一員だと言っても、王になりポケモンを解放すると言っても、君は何も変わらずに僕を見てくれていたね。
 君にとって人間もポケモンも同じなのかな。
 人間もポケモンも君の大切な友達なのかな。
 僕はポケモンを特別視しすぎていたのかもしれない。だから、人間の可能性に全く目が行かなかった。
 何も変わらないのかもしれない。
 人間もポケモンも。この世界に生きている、その事実だけが大切なのかもしれない。


『見ろ』
 短い言葉に僕は顔を上げる。
 目に映ったのは真っ青な空と雲の間で気ままに舞う小さな姿。僕の知らない、あれはポケモンなのか。
『貴様はあの部屋から出たんだ。もう、延々同じ所を廻らなくていい。これからは貴様の意志で世界を見ればいいんだ』
「ゼクロム……」
 あの部屋で感じた違和感。それを漸く口に出して聞いてみる。
「もしかして、君も寂しかったのかい? 君も、自由になりたかったのかい?」
 答えは返ってこなかった。
 無粋だったのかもしれない。
 僕とゼクロムの間の絆はまだまだ浅いかもしれない。けれど、それも今から始めればいい。
 頭を優しく撫でると、彼は気持ちよさそうに喉を鳴らした。


 いつか僕の目が君のように輝いた時、会いに行ってもいいかな?
 その時、改めて言うよ。

「僕達と友達になってくれないかい?」


 見知らぬ小さなポケモンが僕を見て微笑んだ気がした。


 ああ、世界はこんなにもキラキラしている。


 完