蝋梅の願い
テッドの心強い同意に、リクリは満面の笑で答えた。
そして、2人はリトーヤに向き直り、それぞれ答えた。
「僕らで良かったら力になるよ」
「ま、宜しくな」
2人の明るい返事に、リトーヤの顔も綻んだ。
「こちらこそ、宜しく」
笑顔と共に、リトーヤが右手を差し出しすと、リクリはそれをしっかりと握った。
そんなリトーヤとリクリの握手を見て、スカルドは彼らに歩み寄ると、深く一礼した。
「お礼を申し上げます、リクリルーセ様。
私からもお願いいたします。どうか王子殿下のお力になって差し上げて下さい」
「スカルドさん…」
何故、スカルドは自分にこんな事を言って来るのか…。
リトーヤとスカルドの密かな繋がりを知らないリクリは、疑問を抱きつつも頷いた。
そして、ずっと気になっていた事をスカルドに尋ねた。
「それにしても驚きました。
僕の事を解放軍盟主ではなく、オベル王家の人間と記憶している人がいたなんて…」
照れを含むリクリの言葉に、スカルドは微笑みを持って答えた。
「群島に住むたいていの者は、貴方様の英雄譚を存じておりますよ。
オベルとラズリル、そしてリクリ島には碑が建てられていますので、群島に生まれれば一度はそれを見ているでしょう。
碑には、こう刻まれています。
[太陽歴307年、群島の危機を救いし英雄在り。
その者、御身に罰の紋章を従えし永久の時を渡るオベルの御子なり]」
「え…そんな碑が3ヵ所も建ってるんですか!?」
驚きと恥ずかしさとで、リクリは顔を赤くしてスカルドに言う。
「うわ…それはかなり恥ずかしいかもな。
でも、文が彫られてるだけってなら顔なんて分からないし、お前が英雄だって気付く奴もいないだろ。
気にすんな気にすんな」
テッドは笑いながらそう言うが、気にならない筈も無い。
「気にするよ…。それに、スカルドさんは僕の事見抜いたじゃないか」
テッドにそう言い返すリクリの言葉を聞いて、スカルドは微笑みながらリクリに言った。
「私も、幼い頃よりオベルにある碑を見て育ちました。
そして、この様な地位を頂き、オベル王家の家系を学ぶ機会を得た時に、リクリルーセ・レテ・クルデス様の御名を知りました。
そこで初めて、リクリルーセ様と碑の中のオベルの御子が結びついたのです。
それに、あの時罰の紋章を使われていなければ、いくら私でも貴方様の身の上に気付く事は無かったでしょう」
「成る程な…。つまり、お前がドジだのボロだの出さなけりゃ、英雄だって気付かないわけだ」
頷きながら言うテッド。
そんな彼を暫く見た後で、リクリは深く溜息をついた。
「ちょっとした事でも気を付けないといけないってわけか」
「まぁ、そういうこったな。差し当たっては、ここに居る全員に釘を刺しておく必要が
あるんじゃないのか?」
「あ、そうか」
テッドに言われて、リクリはハッとなった。
それを見て、リトーヤは大丈夫といった顔で微笑んだ。
「大丈夫。僕も、ここに居る皆もリクリの身の上は公言しない。
仲間として接すると誓うよ」
リトーヤの言葉に、皆が頷いて同意した。
「ありがとう。どこまで力になれるか分からないけど、出来る限りの助力を誓おう」
そう言って、リクリは力強く微笑んだ。
それは、遥か遠い日に多くの人の心を支えた微笑みと同じだった。
今やテッドだけが知っている、[許し]を司るその微笑みは、リトーヤへ…ファレナへ向けられていた。
――ファレナは今、より良い方向へ乱をおさめる事を許された――
それを知るのもまた、今はまだテッドのみである。